ヨウジヤマモトは、しんどい仕事です 第2回

山本耀司が、仕事についてさまざまな角度から語ります。
山本耀司の言葉には、いろいろなヒントが詰まっているように思えます。

 

俺はやんないけど

山本耀司365 インタビュー山本耀司
「FASHION NEWS」より

 

  • 山本耀司
    撮影:Shuzo Sato

山本耀司のインタビューが載っている雑誌は、

  • ファッションニュース 161号3月号増刊
    2011年3月1日発行
    発行所 株式会社INFASパブリケーションズ

です。

それでは、以下に引用します。

編集部

もし「バレンシアガ」の仕事を受けていたら「ヨウジヤマモト」は変わっていたと思いますか?

山本耀司

「バレンシアガ」や「ジバンシィ」では受けなかった。
クリスチャン・ディオール」や「シャネル」だったらどうなったかわからなかったけれど。
(もちろん、クリストバル・バレンシアガもユベール・ド・ジバンシィも偉大なクチュリエですが)、ムッシュ・ディオールとココ・シャネルは別格ですから。
時代を大きく変革したメゾンでしょ?
興味は尽きない。

編集部

オートクチュールには興味がなかったんですか?

山本耀司

そのもの自体が存在しなくなっちゃった。
メゾンのパワーゲームとして存在する現状を見ても明らかですね。
インターネットの時代ですから、すべての情報が一瞬で、どこにいても得られる。
そんな時代だからこそ、デザイナーと顧客が会話をして作るカスタムメイドみたいな、直接対話をプロセスとした服作りがビジネスのひとつの形態として復活してもいいんじゃないかな。
俺はやんないけど。

 

オートクチュールも成り立たない

ヨウジヤマモト366 1987年秋冬カタログ ニック・ナイトドレープコート ヨウジヤマモト 1987年秋冬
「Yohji Yamamoto」より
ISBN2-84323-704-1

 

  • ドレープコート
    ヨウジヤマモト
    1987年秋冬
    赤いウールのベルベット
    撮影:ニック・ナイト

編集部

戻ってくるとは思えませんが。

山本耀司

実はね、自分がオートクチュールをやったと想定してみると・・・・・。
たとえばオーストリアの女王からオーダーが入ったとします。
俺が出向くか、相手が俺のところに来るかで喧嘩になりそうで怖い(笑)。
デザイナーが誰かのお抱えテーラーになるのであれば、そう割り切れれば成立するんです。
オートクチュールは、その逆でしょ?
自分がオートクチュールのメゾン(店)をパリの一等地に構え、世界中から、特別に自分のサイズで服を作って欲しいというお金持ちが集まってくる。
そして、誰々に仕立ててもらったとステータスに感じる。
そういうオートクチュールはなくなっちゃいました。
それが戻るとは思えない、というのが本音です。
最近の様子を見ていると、どうやら世界中のセレブリティは忙しすぎるんです。
時代のスピードが変わったから、オートクチュールも成り立たない。

 

作り続けていいんだ

ヨウジヤマモト367 1995年秋冬カタログロングコート ヨウジヤマモト 1995年秋冬
「Yohji Yamamoto」より

 

  • ロングコート
    ヨウジヤマモト
    1995年秋冬
    ナイロンメッシュで覆われた赤い紡毛
    撮影:デビッド・シムズ

編集部

プレタポルテの話題に戻しましょう。
「一人でもカッコいいと思ってくれる人がいる限り作り続ける」という気概についてですが。

山本耀司

フラットなファッションに慣れた消費者を上げていくような仕事をしなきゃいけない。
極端に聞こえるかもしれませんが、新たに俺の服に共感する人はまだいない、というところから出発するようなものだな。
何もないところに向けて自分の服を発表して、それを見た一握りの人が感動してくれて、まったく新しい連鎖が始まる。
そんなイメージです。
次の俺の仕事は、そこから始まると思います。

編集部

相当エネルギーがいりますね?

山本耀司

すごいエネルギーだよね。
それに、我慢強くないといけない。
でも、なんとなくバイブレーションで感じるんです。
フラットに飽き足らなくなった消費者が増えてきたんじゃないかな。
マーケットリサーチで街を歩くことはしないんですが、うちの各店で異変があった。
去年の11月に急に寒くなった瞬間、売上が驚異的に上がったんです。
俺、ダウン嫌いだから、冬は冬らしくウールを着こなして欲しいというタイプ。
だから「Y’s」と「ヨウジヤマモト」で思い切り厚手のウールで仕立てたハーフコートからロングコートまでのラインアップを充実させていたんですが、その目論見がずばり当たった。
ガツーンと売れた。
「冬はこういうスタイルがカッコいいんです」っていう服を真面目に作った。
そして、それがバカ売れした。
たとえば、コレクションにはその都度怒っている部分があっても、大上段に振りかざすことはないわけです。
ましてや、世の中の流れにアジャストするつもりは毛頭ない。
でも、作り続けていいんだ、という実感が湧きましたね。

 

それはそれでいいと思っている

ヨウジヤマモト368 1995年春夏カタログ「Kimono」コートドレス ヨウジヤマモト 1995年春夏
「Yohji Yamamoto」より

 

  • 「Kimono」コートドレス
    ヨウジヤマモト
    1995年春夏
    イラストレーション:フランソワ・ベルトゥー

編集部

耀司さんには、ファッションデザイナーは常に保守伝統に反抗すべし、という観念がありました。

山本耀司

俺はずっと言い続けてきました。
尖った服を作るメゾンは過剰な売り上げはなくていい。
カンファタブルな売り上げ。
次のコレクションを作る資金が得られて、総合的にクリエーションすべて(もちろん、店頭からアトリエ、会社のスタッフの生活を含めて)が潤沢に回るだけのお金が入ればいい、という感覚は変わっていません。
そんな中で、実際に店頭で買ってもらって街を歩いてもらう服と、店頭に並ばずそのまま美術館に飾られる服とが出てきます。
でも、それはそれでいいと思っている。
仕事が回せれば、回しているうちに手応えを感じていけますから。

ヨウジヤマモトは、しんどい仕事です 第1回を読む

ヨウジヤマモトは、しんどい仕事です 最終回を読む