ヴィム・ヴェンダースが山本耀司を語る

ヴィム・ヴェンダースの映画「パリ・テキサス」を見ていて、映像の美しさに引き込まれました。
今回は映画監督のヴィム・ヴェンダースが、山本耀司について語ります。

 

ヴィム・ヴェンダース

ヴィム・ヴェンダース01ヴィム・ヴェンダース
「FASHION NEWS」より

 

  • ヴィム・ヴェンダース
    1989年春夏のパリコレのバックステージで

ヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders)

  • 1945年 ドイツのデュッセルドルフに生まれる(8月14日)
  • 1967年 映画誌で映画批評を始める
  • 1972年 35ミリ長編第1作「ゴールキーパーの不安」を発表
  • 1982年 「ことの次第」でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞
  • 1983年 「東京画」「パリ・テキサス」を撮影
  • 1984年 「パリ・テキサス」がカンヌ映画祭でグランプリを受賞
  • 1988年 東京で「都市とモードのビデオノート」を撮影
  • 2006年 表参道ヒルズで写真展「尾道への道」を開催

ヴィム・ヴェンダースのインタビューが載っている雑誌は、

  • ファッションニュース 161号3月号増刊
    2011年3月1日発行
    発行所 株式会社INFASパブリケーションズ

です。

それでは、以下に引用します。

ヴィム・ヴェンダースは、1988年に、89年春夏コレクションの準備を進める山本耀司を題材としたドキュメンタリーフィルム「都市とモードのビデオノート」を製作。
当時避けていたビデオで撮影に臨んだヴェンダースは「僕たちにとっては冒険だったのです」と当時を振り返る。
その後も山本と深く親交を持つ彼にインタビューした。

 

最初からヨウジとはウマが合った

山本耀司385 都市とモードのビデオノート山本耀司
「FASHION NEWS」より

 

  • 山本耀司
    「都市とモードのビデオノート」の1コマ

編集部

1988年に、ヨウジヤマモトをフィーチャーしたドキュメンタリーフィルムを制作しました。
いつ、どのように彼と彼のクリエイションに出会ったのでしょうか?

ヴィム・ヴェンダース

ヨウジヤマモトがつくり出す服、そしてデザイナーとしての名声はなんとなく知っていた程度でした。
僕たちの初対面をお膳立てしたのはパリのポンピドゥーセンターでした。

彼らは、この出会いがダイアローグのようなもので、ショートフィルムの制作へとつなげたいというアイデアを持っていました。
でも、後にドキュメンタリーフィルムを作ることになるなんて、彼らは知るよしもなかったのです・・・・・・。

編集部

ドキュメンタリーフィルムのモデルとしてヨウジヤマモトを選んだ最大の決め手は?

ヴィム・ヴェンダース

最初からヨウジと僕は実にウマが合ったのです。
彼のアプローチや仕事の仕方に親近感を持ちました。
服づくりの工程を知れば知るほど興味が湧き、物語、歴史、精神性に深く結びついていったのです。
最終的には単なるドキュメンタリーフィルムの撮影ではなく、僕たちにとっては冒険だったのです。
ひたすらまい進しました。
僕たちはお互いに”兄弟”のように感じ、ファッションデザイナーと映画監督というふたつの職業がとても深く結びついていると感じましたね。

編集部

映画を撮影中の印象的だったエピソードは?

ヴィム・ヴェンダース

ヨウジのディティールへのこだわりには恍惚感さえ覚えました。
東京の旗艦店オープン前日、お店の看板となる黒板にヨウジ自身が白いチョークでサインするシーンを撮影していたところ、彼はサインをする度に後方に下がって全体を見直し、見つめては消してまた書き直すという行為を実に10回も繰り返していました。
僕はそれを完璧なサインだと思ったのですが、彼は満足することなくもう10回、さらに10回と繰り返したのです!
僕のフィルムはなくなりかけていたというのにね(笑)!
彼が最終的に心底満足したサインは透明なスプレーで上塗りされ、今も同じ場所に掲げられています。

 

口数が少なかったりという共通点

山本耀司386 都市とモードのビデオノートヴィム・ヴェンダースと山本耀司
「FASHION NEWS」より

 

  • ヴィム・ヴェンダースと山本耀司
    「都市とモードのビデオノート」の1コマ

編集部

「僕とヴィムにはたくさんの共通点がある」と耀司さんは語っていますが、あなたはその言葉をどのように受け止めますか?

ヴィム・ヴェンダース

ヨウジは日本、僕はドイツ。
僕たちは、いずれもアメリカン・カルチャーにどっぷりと染まった敗戦国で育ちました。
僕たちはこうした環境に大きく影響されたのです。
たとえば、同じ音楽が好きですし、それからお互いに仕事中毒だったり、頻繁に旅をしたり、口数が少なかったりという共通点もありますね。

編集部

最近の「ヨウジ」のコレクションはご覧になりますか?

ヴィム・ヴェンダース

彼と親しくなってから、ほかの服はほとんど着ませんね。
「ヨウジ」の服を着ていると非常に気持ちがいいし、とても自分らしくなれます。
また、守られているような気がするのです。
僕が持っているヨウジのスーツのいくつかは、購入してから20年以上経っているのですが、時間を経れば経るほど以前より良くなっています。
彼のつくった服はニューヨークや東京、そしてパリに行く度にいつもチェックしています。
毎回自分に合ったサイズが見つかるとは限らないのですが・・・・・。

編集部

もし、今のヨウジヤマモトを再び題材にして映画を作るとしたら、どんなシチュエーションを考えますか?
想像で結構です?

ヴィム・ヴェンダース

親しさを前面に押し出して撮りたいですね。
あの作品は、基本的にはほとんど僕とヨウジのマンツーマンで撮影しましたが、次回があるとすればお互いにもっと話し合えると思います。
ギターを弾いているヨウジ、カラテをしているヨウジを撮ってみたいです。
何と言っても、彼は黒帯の有段者ですからね。

 

ヨウジは20世紀末に強い影響力を持った少数派

山本耀司387 都市とモードのビデオノート山本耀司
「FASHION NEWS」より

 

  • 山本耀司
    「都市とモードのビデオノート」の1コマ
    中央の女性スタッフの方が「木の服」の担当の方でした

編集部

ドキュメンタリーフィルムの冒頭であなたはファッションには興味がないと言及していましたが、撮影を通してこの考えは変わりましたか?
もしそうであれば今日のファッション・シーンに対してどのような印象や意見を持っていますか?

ヴィム・ヴェンダース

撮影後はまったく違った考えを持つようになりましたが、撮影を始める前は、ファッションは僕をそれほど掻き立てませんでしたね。
とはいえ、今でも虚栄心そのものであるファッションには飽き飽きしています。
しかし全員とは言えませんが、何人かのデザイナーは現代文化の真骨頂そのものでもあるのです。
なかでもヨウジヤマモトは20世紀末に強い影響力を持った少数派。
デザイナーであると同時にビジネスマンであることはさておき、ヨウジヤマモトは哲学者であると同時にアーティストなのです。

編集部

ここ数年間で取り組んだこと、あるいは最も興味を持ったことは何ですか?

ヴィム・ヴェンダース

この2年間は僕とヨウジの共通の友人であるドイツ人の演出家で振付師である、ピナ・パウシュの映画を撮っています。
これは僕にとって初の3D作品。
ヨウジのドキュメンタリーフィルムを通してファッションを学んだように、今回も制作過程でダンスに関する多くのことを学びました。
ピナは撮影開始前に亡くなってしまい、一緒にできたのは下地づくりだけでしたが、遺作を後世に残すために彼女がどれほど僕を頼っていたか知っていたので、ピナ抜きでやり遂げなければなりませんでした。

翻訳:鈴木なつみ

 

「クリエイターが山本耀司を語る」は、以下も参考にしてください。