V&Aヨウジヤマモト展 リガヤ・サラザール

ヨウジヤマモト展は、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館で2011年3月12日から開催されました。
あれから、7年が過ぎました。

 

後ろ姿を見られるのは大切なことだと思います

ヨウジヤマモト427 リガヤ・サラザールリガヤ・サラザール
「FASHION NEWS」より

 

  • リガヤ・サラザール
    写真:Edward Bishop

リガヤ・サラザールのインタビューが載っている雑誌は、

  • ファッションニュース 161号3月号増刊
    2011年3月1日発行
    発行所 株式会社INFASパブリケーションズ

です。

それでは、以下に引用します。

装飾芸術の専門博物館としては世界最大を誇るロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)で、今年(2011年)3月から、同館では初めての「ヨウジヤマモト」展が開催される。

「単純に年代ごとに作品を並べただけではない、『ヨウジヤマモト』の謎に迫るV&Aならではの展覧会を」と意気込む担当キュレータ、リガヤ・サラザールに、展覧会そのものと「ヨウジヤマモト」の魅力について聞いた。

編集部

まず、展覧会について教えてください。
展示はどんなふうになるのでしょうか?

リガヤ・サラザール

展示するのは全部で80点ほどになります。
うち20点はメンズウエアで、「ヨウジヤマモト」展としては初めて、メンズウエアを含むものとなります。
インスタレーションベースで、時系列での展示ではありません。
”黒” ”テキスタイル” ”日本の伝統工芸”など、テーマごとのグループに分けた展示となります。
私は、タイムレスであることは「ヨウジヤマモト」の服の大切な点だと思っていますので、時系列展示にはしたくなかったのです。
また、すべてがオープンディスプレーで、目の高さに展示されますので、近くまで寄って、細部を見ることができます。
後ろ姿も見ることができます。
ヨウジは「女性の後ろ姿が美しい。その方向からデザインを始めることもある」と言います。
だから、後ろ姿を見られるのは大切なことだと思います。

V&Aのエキシビションスペースをメインに、館内数カ所にヨウジの服を着たマネキンが立つサテライト展示を設けます。
私を含むコンテンポラリーチームは発足して10年、常設の展示室を持っていません。
そのため、私たちは常にインスタレーションとして展覧会を考えています。
サテライト展示と設置場所の関係は、直接、連想できるものと間接的なものがあります。
たとえば、常設のタペストリーギャラリーの中に作る展示は、中世のタペストリーからインスピレーションを得たコレクションをベースに、テキスタイルのテクスチャーに注目して欲しいものを展示しています。
来訪者が館内を回って、歴史的なコンテクストの中でヨウジの服を捉えることができるようにしたいのです。
たとえば、歴史的なコスチュームの横にマネキンを並べて、「これがオリジナルだよ」という展示ではなく、何か通じるものがある場所にマネキンを設置することになります。
こういうことができることが、V&Aで「ヨウジヤマモト」展を実地する強みですね。
また、外部のギャラリーでもサテライト展示を行います。

 

ファッションの歴史に対して闘いを挑んできた

ヨウジヤマモト428 2000年秋冬カタログドレス ヨウジヤマモト 2000年秋冬
「Yohji Yamamoto V&A」より
ISBN978-1-85177-627-6

 

  • キルティングされたダマスク織りのドレスとパンツ
    ヨウジヤマモト
    2000年秋冬
    モデル:アンバー・ヴァレッタ
    撮影:クレイグ・マクディーン

編集部

これまでメンズウエアの展示がなかったのはどうしてだと思いますか?

リガヤ・サラザール

メンズウエアが展示されてこなかった理由は、ふたつあると思います。
まず、メンズウエアの重要性が過小評価されていたことです。
ウィメンズウエアのほうが重要だと思われていたんですね。
そして、彼自身のメンズウエアへの取り組みがウィメンズウエアとは違っているということです。
テーマも、重なる部分はあっても異なるものですし。
もちろん、服の作りには共通するものがありますが。
根本的なアプローチの部分で大きく違っているのです。
この展覧会の本のために彼にインタビューした時、彼は「メンズウエアのほうがデザインしやすい、なぜなら僕自身に近いから」と語っていました。
ウィメンズの場合、彼は常に、ファッションの歴史に対して闘いを挑んできたのです。
そういう意味で「メンズのほうが楽」と言ったのでしょうね。

編集部

すべてのコレクションから80点に絞るというのは大変な作業だったのではと思うのですが。

リガヤ・サラザール

パリと東京の双方のアーカイブを見せていただけたのは、本当に幸せな経験でした。
メンズウエアの展示のために、東京のアーカイブも見る必要があったのです。
本当にすべて見たんですよ。
そこから500点くらいに絞って(笑)。
さらに80点を厳選しました。
なんとも難しい作業でした。
なにしろものすごく膨大なアーカイブですし、あれもこれもみんな展示したくなりますから。
けれど、スペースには限界がありますので、時代やいろいろな側面を代表するルックを厳選しなければならないのです。
回顧展はどんなものでも特別なものですが、この展覧会では特に、メンズウエアを初めて展示すること、それもスーツなどメンズウエアの伝統のあるロンドンで、ということに特別な意味があります。
さらに、マルチメディア展示としてショーのビデオなども流すことになっていますので、80年代からのショービデオを見る機会もありました。
マルチメディア展示では、コラボレーションやカタログなど、彼がどう仕事してきたかを理解するには大切なものも、多数展示する予定です。
ヨウジは、後に有名になるフォトグラファーをごく若い頃に起用しており、彼らは皆、ヨウジとの仕事がいかに彼らが限界と思っていたものを超え、これまでよりレベルの高いクリエーションに導いていたかを懐かしく語ってくれました。

編集部

「ヨウジヤマモト」展に限らず、展覧会の準備というのはどのぐらいの期間にわたるものでしょうか?

リガヤ・サラザール

展覧会によりますが、だいたい2年から6年ぐらいですね。
このサイズ(350平方メートル+サテライト)ですと、だいたい2年半ぐらいが平均です。
最後の1年は具体的な準備ですが、その前の1年から1年半はリサーチが中心になります。
カタログの著者を選定したり、展示物を決定したりというアカデミックな部分になります。

 

エニグマティック(enigmatic:謎の)デザイナー

ヨウジヤマモト429 2000年秋冬カタログジャケット ヨウジヤマモト 2000年秋冬
「Yohji Yamamoto V&A」より

 

  • キルティングされたダマスク織りのジャケットとスカート
    ヨウジヤマモト
    2000年秋冬
    ジャケットにはフェイクファー付き
    撮影:クレイグ・マクディーン

編集部

展覧会はパリでの初ショー30周年に合わせたのでしょうか?

リガヤ・サラザール

どちらかと言うと、うれしい偶然です。
「ヨウジヤマモト」と何かをやろうと、数年にわたって準備をしてきたのが、偶然、2011年春に開催できることになったのです。
もちろん、パリ進出30周年を記念するかたちになったのはうれしいですが、それよりも、単なる回顧展ではない「ヨウジヤマモト」展を開催しようとしてきたのがようやく実現するほうがうれしいですね。

編集部

ヨーロッパのファッションにとって、1981年はやはり大きなインパクトだったんでしょうか?

リガヤ・サラザール

そりゃあもう。
その頃ヨーロッパで起こっていたこととはまったく違っていたんですから。
当時は、カラフルでボディコンシャスな服が主流だったんです。
そこに黒を持ち込み、大量の布を使い、まったく違うシルエットのものを提案したのですから。
今、ヨウジの服を知っていて考えるのとはまったく違うインパクトがあったのです。
彼らがもたらしたのは新しい美意識であり、その美意識と作品は、その後のファッションの方向づけをしたという意味で、今ではクラシックと呼んでもいいものになっていると思います。

編集部

「ヨウジヤマモト」展についてですが、プレリリースに、エニグマティック(enigmatic:謎の)デザイナー、とあるのはどういう意味でしょう?

リガヤ・サラザール

ヨウジの服作りは、ファッションシステムの外のどこかに位置しています。
そうでありながら、そのシステムの中で運営されている。
ヨウジの服の大半がタイムレスで、それ自体が、半年ごとに新作を出すというファッションシステムから外れるものです。
ヨウジ自身が「長持ちする服を作っている」と言っていますし、ミリタリーやユーティリタリアンが着想源となることも多いのですが、それらは、過酷な条件の中で長持ちすることを前提とする衣服です。
ヨウジが、自分の服を長く着てほしいと思っていること自体が、エニグマティックであるわけですが、ヨウジ自身は「服が年月によって変化すること」に重きを置いています
着る人によって変わると。
それは、”完璧なもの”を指向するファッションとは異なるものです。
むしろ、年月によって穴が開いたり、素材が劣化するなら、普通の考え方ならそれは不完全になるということでしょう。
ヨウジにとっては、着る人がいて初めて服が完成するのです。
そういったことや、ヨウジが仕事について語る語り口が、エニグマティックに見えるのだと思うのです。

 

インディビジュアリティ

ヨウジヤマモト430 1998年春夏カタログドレス ヨウジヤマモト 1998年春夏
「Yohji Yamamoto V&A」より

 

  • ローウエストの黒いシルク製のドレス
    ヨウジヤマモト
    1998年春夏
    モデル:マギー・リザー
    撮影:イネス・ヴァン・ラムスウィールド&ヴィノード・マタディン

編集部

モデルが着て美しいだけではなく、一般の人が着てもモデルの場合とは違う、その人だけが作れる美しさがある、ということでしょうか?

リガヤ・サラザール

そうですね。
インディビジュアルな魅力です。

編集部

英国人デザイナーと話をすると、ほぼ全員が”インディビジュアリティ”ということを語ります。
そういう、個人の個性を大事にする姿勢が、英国人がヨウジを受け入れる素地にあったということでしょうか?

リガヤ・サラザール

そう思います。
ヨウジは頻繁にロンドンを訪れているわけではないし、その影響力は爆発的なものではありませんが、”インディビジュアリティ”が受け入れられ、評価されているのだと思います。
その昔、ヨウジがロンドンに来る楽しみはワールズエンドの「ヴィヴィアン・ウエストウッド」の店に行くことだと言っていました。
ヴィヴィアンは”インディビジュアリティ”を標榜したデザイナーのフロントランナーです。
英国的な感性に、ヨウジはすごく共感していると思いますし、その逆もあると思います。
また、英国人は、実験的なものや先鋭的なものを受け入れることにためらいのない国民です。
そういう意味で、英国人のヨウジの服への興味の持ちようは、他の国の人々とは少々違うかもしれません。

編集部

「ヨウジヤマモト」の服に表現されている日本的な美意識、”間”とか”粋”とかいったものはヨーロッパではどう受け入れられたんでしょうか?

リガヤ・サラザール

ヨウジは「服の80パーセントを作り、完成させるのは着る人である」と語っています。
そこに日本的な美意識のようなものが関係するのかなとは思います。
ただ、ヨウジは常に”日本人デザイナー”とか”日本的”と言われることと闘ってきたのだと思います。
いろんな要素を捉えて”日本的”と言われてきましたが、ヨウジ自身は、「自分の服に国籍はなく、美しいものを作るんだ」と言っています。
服を最終的に完成させるのは着る人であるという考え方は、少なくとも英国では、最近ようやく受け入れられてきたのではないかと思います。
80年代初めには、そういう考え方は受け入れがたかったでしょうね。
そんな考えがあること自体、思いつかなかったというか。
服を着るということが、シャツとスカートと上着と、といった単純なものではなくなってきている時代になって、やっと理解されてきたと思います。
怠惰な人にはできない着方ですね。

編集部

「ヨウジヤマモト」の服が、建築家のザハ・ハディドをはじめ、知的な人に愛されているのはそのせいでしょうか?

リガヤ・サラザール

それはあると思いますよ。
ヨウジの黒いスーツは一時、クリエイティブな男性の制服のようになっていましたね。
服について、一般の人よりちょっと深く考えているという証明のようなかたちで。
そして、体型を選ばないということもあったかと思います。
今、デザイナーたちは若くて理想的なプロポーションをしている人たちの服を作る方向に動いているように思いますが、彼はそうではない。
ファッションの歴史の中で、”理想”は変化していくものですが、ヨウジの服は、若くて背の高いモデルでも、そのモデルの母親でも美しく着こなせるものです。

編集部

最後に、ヨウジさん自身は展覧会にいらっしゃるんですか?

リガヤ・サラザール

開催の前の週にはロンドン入りしていただく予定になっています。
そして、何か特別なことをやってくれることになっています。
これについては内容はまだ秘密ですが、ヨウジ自身による来訪者への素敵な贈り物になりますよ。