装苑賞でのヨウジ先生からのアドバイス

装苑1992年2月号で私は、装苑賞の候補に選ばれました。
1991年10月の下旬に、ヨウジ先生と対談することになりました。

 

渋谷区東にあったヨウジヤマモト社

ヨウジヤマモト08 山本耀司装苑賞の批評をする山本耀司先生
「装苑1992年2月号」より

 

10月の末といえば、文化服装学院は文化祭の準備で大忙しでした。

私はクラスの展示準備を抜け出し、文化出版局の方と渋谷にあったヨウジヤマモト社に伺いました。

私たちは広いプレスルームに通していただき、紅茶をいただきました。

白ベースのティーカップに、明るい色の紅茶が入っていたことに私は驚いてしまいました。
(ヨウジヤマモト社では、全て黒いものが出てくると思っていましたから)

 

麻布のスタジオ

ヨウジ先生は、麻布に新しくできたスタジオにいらっしゃいました。

プレスの方が、私たちを麻布のスタジオに案内してくださいました。

グランドピアノがある広いスタジオに、ヨウジ先生はいました。

この麻布にあったスタジオは、ヨウジ先生のお気に入りの空間だったみたいです。

 

批評開始 

装苑賞 佐藤真樹08 山本耀司先生選ドレス 佐藤真樹 山本耀司先生選
「装苑1992年2月号」より

 

私が作った服を見ながら、ヨウジ先生との対談(批評)が始まりました。

装苑誌上での対談内容は、とてもコンパクトにまとめられています。

しかし実際には、1時間以上のとても長い対談でした。

装苑編集部の方が、
「ごめんね。テープに録ってなくて。録音してたら、佐藤くんにテープを貸せたのにね。」
というくらい、私にとってためになる話をヨウジ先生はしてくださいました。

話の前後は忘れてしまいましたが、覚えていることを書いてみます。

 

2つの相反するものに・・・

「佐藤くんは、2つの相反するものに興味があるようだね?
でも、作品としては2つの相反するものをうまく表現しきれていない。」
とヨウジ先生は言いました。

当時の私は東京理科大学を卒業して、文化服装学院に入りました。

私は、

  • 理科系の考え方
  • 感性

という相反すると私が思っていたものを、
「自分の中で、どのように折り合わせようか。」
と模索していました。

ヨウジ先生にそのことを見透かされ、
「好きなものだけに絞り込んで作ったほうがいい。」
と教えていただきました。

 

オリジナリティがなくなってしまう

それからヨウジ先生は、
「有名なファッションデザイナーの会社では、働かない方がいいよ。
有名なファッションデザイナーのところで働くと、影響を受けるから。
オリジナリティーがなくなってしまう。」
と言いました。

それ以来私は、デザイナーやパタンナーの先生がいるような会社には入りませんでした。

20代のころから私は、自分のやりたいように自由に仕事をやらせてもらいました。

というよりも私は、好き勝手にやっていました。

おかげで私は、デザインやパターンの影響を誰からも受けずにすみました。

 

一生懸命服を作りなさい

ヨウジ先生は、
「佐藤くんは、一生懸命服を作りなさい。
そうすれば、自然に周りに人が寄ってくる。
佐藤くんはそういうタイプの人だから、焦らずにやりなさい。
山本寛斎のように、自分でアピールしてはいけないよ。
佐藤くんは、寛斎とはタイプが違うから・・・。」
とアドバイスしてくれました。

私の性格もあるでしょうが、私は自分を売り込まず一生懸命服を作りました。

服が好きな人は、私の周りに集ってきてくれました。

アパレル業界には、

  • 服が好きではない人
  • 服に詳しくない人

が大勢います。

そういう人たちは、私の周りには来ませんでした。

 

この靴どこの?

ヨウジヤマモト09 山本耀司が興味を持ったズッカの靴ヨウジ先生が興味を示したズッカの靴

 

「この靴どこの?」
ヨウジ先生の質問に、

私は、「ズッカの靴です。」と答えました。

ヨウジ先生は、
「ズッカか・・・・・。」
と少し悔しそうな顔をしました。

 

何か質問はある?

ヨウジヤマモト10 さぁ、行かなきゃ CDジャケット「さぁ、行かなきゃ」山本耀司
CDジャケット

 

「何か質問はある?」
とヨウジ先生は、言ってくださいました。

私は服作りの質問ではなく、当時ヨウジ先生が出したCDのレコーディングについて質問してしまいました。

ヨウジ先生は、少し残念そうな顔をしました。

あの時、
「服について質問しておけばよかった。」
と今でも思うことがありますが、これも私ということで良かったと思います。

 

感謝の気持ち

私の作品と山本耀司先生の後ろ姿
「第66回装苑賞公開審査」より

 

ヨウジ先生にアドバイスしていただいたことは、もっともっとたくさんありました。

しかし思い出せないというか、そのときのヨウジ先生の言葉は私の体の一部になっていて、そのおかげで今まで服を作ってこられました。

ヨウジ先生、本当にありがとうございました。

 

ヨウジ先生と装苑賞のことは、以下も参考にしてください。