山本耀司が昔デザインした服

装苑を見ていたら、山本耀司が昔デザインした服が載っていました。
今回は山本耀司の装苑賞の服と、装苑に載っていた服を紹介します。

 

1968年 装苑賞候補デザイン画

山本耀司353 1968年装苑賞デザイン画デザイン画 山本耀司 装苑1968年11月号
「All About Yohji Yamamoto」より
ISBN978-4-579-30446-2

 

  • デザイン画
    山本耀司
    装苑1968年11月号
    選評:笹原紀代先生

文化服装学院デザイン科の学生だった山本耀司は、1968年3月号から1969年2月号まで13点のデザインが装苑賞の候補に選出されました。

第24回装苑賞では、次点の日立賞を受賞しました。

山本耀司が文化服装学院で学んでいたのは、オートクチュールでした。

当時の山本耀司は、

が好きな青年でした。

 

1968年 装苑賞候補作品

山本耀司354 1968年装苑賞候補作品装苑賞候補作品 山本耀司 装苑1968年11月号
「All About Yohji Yamamoto」より

 

  • 装苑賞候補作品
    山本耀司
    装苑1968年11月号
    選評:笹原紀代先生

笹原紀代先生の選評を、以下に引用します。

たいへん歯切れのいいデザインなので感心しました。
白と黒の分量もいいし、特に実際に着て動いたときの線の美しさが計算されている点など、実力のほどがうかがえます。
裁断、縫製ともこれといった欠点はなし。
生地が薄手のツーフェースの場合、どうしても縫い代が表にひびくので、1、2か所気になるところがあるけれど、おまけして90点あげたいと思います。

装苑1968年11月号

「All About Yohji Yamamoto」p161より引用

第24回装苑賞は、熊谷登喜夫が受賞しました。

 

1969年 第25回装苑賞受賞デザイン画

山本耀司355 1969年装苑賞デザイン画デザイン画 山本耀司 装苑1969年1月号
「All About Yohji Yamamoto」より

 

  • デザイン画
    山本耀司
    装苑1969年1月号
    選評:野口益栄先生

山本耀司は卒業を前にした1969年2月3日、第25回装苑賞公開審査会で「装苑賞」と「遠藤賞」をダブルで受賞しました。

山本耀司はこの喜びを、

「ただもう、うれしい。おふくろや縫うのを手伝ってくれたお店の人に早く知らせたい」(装苑1969年5月号)

と語りました。

私が学んでいた文化服装学院ファッション工科専攻科の教室に、装苑1969年5月号がありました。

装苑1969年5月号に書いてあった山本耀司の言葉を見たとき、私は「自分で縫おう」と決意しました。

 

1969年 第25回装苑賞受賞作品

山本耀司356 1969年 第25回装苑賞受賞作品第25回装苑賞受賞作品 山本耀司 装苑1969年1月号
「All About Yohji Yamamoto」より

 

  • 第25回装苑賞受賞作品
    山本耀司
    装苑1969年1月号
    選評:野口益栄先生

野口益栄先生の選評を、以下に引用します。

グレーのチンチラウサギを使ったこのコートドレスは、誰にでも着こなせるというものではないが、サイケ調氾濫のあとで、シックで変わっていてよいと思った。
デザイン画ではもう少し濃い色をしているが、ことしの毛皮の使い方の斬新さがあってよい。
材質の取合せもいいし、ポケットにも楽しいふんいきがあふれている。
ぜいたくな人にきてほしいドレスである。

装苑1969年1月号

「All About Yohji Yamamoto」p160より引用

審査員のひとり中村乃武夫先生は、

「デザイン界の大型新人」

と激賞しました。

 

装苑1969年5月号

山本耀司357 1969年作品ドレス 山本耀司 装苑1969年5月号
「装苑2013年8月号」より

 

  • ドレス
    山本耀司
    装苑1969年5月号

1969年当時の山本耀司のデザイン論が面白いので、以下に引用します。

服にはいろいろなパターンがあって、着てはいけない服というのはない。
ただ、美に定型はなくても、シックな服、エレガントな服、かわいい服などのパターンの中で、それぞれやってはいけないということはある。
それを正していくのがデザイナーの仕事だと思う。
ただ自分のデザインはいつもかわいいと言われるから、女の人をかわいらしくしたいんじゃないかと思う。
女の人をほめるときも、あの人きれいだね、と言うより、かわいいね、と言うでしょう。

「All About Yohji Yamamoto」p163より引用

 

まとめ

山本耀司358山本耀司 装苑1969年5月号
「All About Yohji Yamamoto」より

 

  • 山本耀司
    1969年3月に撮影
    装苑1969年5月号に掲載

その後、山本耀司は約1年間パリに滞在しました。

カフェに座っていると、ソニア・リキエルなど既製服できめている人が回転ドアから入ってきました。

山本耀司が文化服装学院で習った注文服の手法とはあまりにも違うことに、ショックを受けました。

当時のパリには、女優や芸術家を目指す日本人がいました。

しかしひとかどの人間になれると信じて、結局は精神的におかしくなってしまう人もいました。

山本耀司は自分もいつそうなってしまうかわからないと思い始めると怖くなり、逃げるように帰国しました。

このパリでの絶望が、山本耀司の作風を変えたのではないでしょうか。

 

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