田原桂一と山本耀司の対談 METAPHORE 2

田原桂一と山本耀司の対談、今回は2回目です。
今回は、「撮影の現場にて」というテーマでの対談です。

 

撮影の現場にて

ヨウジヤマモト メタファー13 田原桂一ジェラール・ガルースト
1982年春夏
「METAPHORE(メタファー)」より

 

METAPHORE(メタファー)より、以下に引用します。

山本耀司

先にイメージの中にシチュエーションが出ちゃったりするんでしょう。
そうでもない?

田原桂一

そうでもない。
シチュエーションは大体頭の中で考えますけどね。
次は彼なんかいいんじゃないかなとか、そういうのがぼやっと漠然とはあるけれども。

山本耀司

そういうことは変わらない?

田原桂一

うん。それは、いつも服を実際に着てもらったときにできる。
アトリエの中とか、常にアーティストの作品と一緒に撮るでしょう。
だから、勝手にこっちで考えてもだめ。
よく考えたりもするんですよね、その作家の作品なんか知っていて、彼も知っていて、彼のアトリエも知っていて、こういうシチュエーションで、こういう感じで撮ろうかななんて思うんだけれども、実際彼が服を身につけて、その作品の前なんかに立ったりしたら、考えていたことと全然違うのね。
だから、行き当たりばったりね。
でも、一応は何らかのことは考えるんですよ。
それ相応の機材とか小道具を持っていくんだけどさ、その辺はむずかしいね。

それに、着こなしにしても、みんなそれぞれ自分なりに適当に着ちゃうね。

山本耀司

そうなの?
おれの唯一の感想は、10人並べてみて、田原流の男の構えになってるなというふうには思ったの。
田原さんが、男ってこういうかっこうをしてほしいと思ってる構えをしてると思った。
服の着こなしは絶対言ってないと思うんだけれども、ポーズとか、構えとかは言ってると思ったね。

 

疲れますね、田原さんの被写体は

ヨウジヤマモト メタファー14 田原桂一ジャン=ピエール・ベルトラン
1982-1983年秋冬

「METAPHORE(メタファー)」より

 

田原桂一

ポーズとかは、手をだらっとして「どうしよう」と立たれると、ああして、こうしてと言う。
最初の1日目が一番きついね。
なかなか絵がつくれないというかな。
向こうも僕の望むものをつかもうとする。
だから、どうしよう、こんなのどう?とか、こっちがどうのこうのと、そういうことをやってると、そっちのほうばかり気をとられて、むずかしい。
2日目ぐらいからは、だんだんお互いに呼吸が合ってくるでしょう。
そしたら、僕がこういうのを望んでいるなというのがわかる。
一言、たとえば「あっち向いて」と言ったら、あっちの向き方がずっと決まってくる。
目のつぶり方とか、手の置き方とか、そういうのってありますね。

山本耀司

僕も1回か2回、田原さんの被写体になった。
ポートレートの必要があって、僕が頼んでね。
疲れますね、田原さんの被写体は。

田原桂一

しつこいからね。

山本耀司

つまらないとか、よそうとか、だめだとか言う。

田原桂一

でも、むずかしいんですよね。
その人なり動きというのがあるのね、それに逆らいたくない。
でもカメラの前に立つとどうしてもちがってくる。
それをどう写真の中で強調させえるかというのがむずかしいですね。
うまく説明できないけどね。

 

やっぱりカラーを撮りたいなと思った

ヨウジヤマモト メタファー15 田原桂一ジャン・ドゥゴテックス
1983年春夏

「METAPHORE(メタファー)」より

 

山本耀司

「ファンドシエクル(世紀末建築のシリーズ)」は、ファンドシエクルというテーマがあって、あの建築を撮ったの?

田原桂一

違います。

山本耀司

ただ建築を撮るというだけのテーマだったわけ?

田原桂一

あれは、その年代を区切っていて、その間のものを撮ろうという発想だったんです。

友松美幸

世紀末。

山本耀司

僕の仕事のほうは、それよりももっとテーマが強いでしょう。
条件は、この洋服屋さんのこの服をテーマに取らなきゃいけない。
田原さんが本当に撮りたいものだけ撮っているわけじゃない。

田原桂一

そうでもないだろうね。
着て来るわけね、そうすると、おもしろくねえなって、ほかのと変えちゃうからね(笑)。

山本耀司

だから助手が大変なんですよ。

田原桂一

助手といっても、フランスのアトリエのね。

山本耀司

うちから出す助手ね。
田原さんはカメラだけを持ってくるんです。

田原桂一

昔なんておもしろかったよ。
天窓から光が欲しかったのね、それでパリのワイズの主任が屋根に上らされて、ライトを持たされて。
ちょうど雨が降ってきて、電気でしょう、「大丈夫ですか。感電しませんか。雨が降ってるんですけど、足が滑るんです。これ、ひょっとして漏電したらどうなるんですか」って。
いろいろと大変みたいですね。

初めはずっとモノクロでやっていたんです。
でも正直言って、ちょっとつまらないのよね。
モノクロのできる範囲というのかな、それと、アーティストの作品がカラーであったりするわけでしょう。
その持ち味みたいなものをもっと出してきて、なおかつ僕の中でどういうふうにできるかな、みたいなものがかなりあったから、やっぱりカラーを撮りたいなと思った。

 

普通の感覚のカラーじゃないから

ヨウジヤマモト メタファー18 田原桂一ジャン=シャルル・ブレ
1985年春夏

「METAPHORE(メタファー)」より

 

山本耀司

普通の感覚のカラーじゃないから、見なれたカラー写真とすごく違っておもしろかった。
「あれっ」と思った。
「ああ、そうか」という感じのカラーになった。
ああ、やっぱり才能があるなと。

田原桂一

厳しいクライアントでもあるわけです。
僕なんか思うのは、絶対にどじできないなと思うのね。
何だかんだ言ってくるクライアントであれば、こういうことを言っちゃいけないのかもしれないけど、どこか気が抜けて、「いいや、もう」ということが忙しいときなんかあるでしょう。
耀司さんはそれが絶対にできないものね。
そういう意味での注文が何もないでしょう。

山本耀司

こっちは、単に感動を待っているだけですからね。

田原桂一

よけいこわいですね。

山本耀司

「どう感動させてくれるの?」って待ってるだけですから、本当に観客になっちゃってるから。

田原桂一

だから、常に、そのとき、そのときの緊張で、白髪が増えましたね。
これだけ白紙で任せてもらえると、本当に自分の展覧会をやるのと同じくらいのパワーが要ります。

山本耀司

だから、いやになっちゃうこともあったでしょう。

田原桂一

もういやだというのは、自分自身が考えてることがいやになる。

 

口なんか一切挟まないほうがいい

ヨウジヤマモト メタファー16 田原桂一ジャン=マルク・ビュスタマン
1983-1984年秋冬

「METAPHORE(メタファー)」より

 

山本耀司

やや飽きたとか。

田原桂一

どうやって変えようかなと。
たとえばそれで一定のペースができれば、それでやっちゃえばいいのかもね。
でもやっぱりそういうのっていやじゃない。
だから、どうしても変えたい。
本当に自分の作品をつくるのと同じです。
だから、カタログの形態一つでもやっぱり必死になって考える。

でも、やっぱり耀司さんには一つ上を行かれてるのよね。

山本耀司

いや、そうじゃないですよ。

田原桂一

いや、本当にそうだと思うのね。
そうやったほうが絶対いいものが出てくると読まれちゃってるという感じ。
かなりそういう部分があります。

山本耀司

自分の好きな作家におんぶに抱っこしちゃったほうが絶対いいですよね。
口なんか一切挟まないほうがいい。

1985年12月12日

友松美幸(ともまつ みゆき):翻訳家。パリ在住。

METAPHORE(メタファー)

  • 発行日 :1986年12月24日
  • 著者  :田原桂一
  • テキスト:カトリーヌ・ミエ
  • 発行所 :株式会社求龍堂
  • ISBN4-7630-8619-7

田原桂一と山本耀司の対談 METAPHORE 3 に続く


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