ジャン=ポール・ゴルチエが山本耀司を語る

いろいろなファッションデザイナーが、山本耀司について語っています。
今回は、ジャン=ポール・ゴルチエのインタビューを紹介します。

 

様々なクリエイターに影響を与えてきました

ジャン=ポール・ゴルチエ14ジャン=ポール・ゴルチエ
「a Nous Deux la modo」より
ISBN2-08-066480-8

 

ジャン=ポール・ゴルチエのインタビューが載っている雑誌は、

  • ファッションニュース 161号3月号増刊
    2011年3月1日発行
    発行所 株式会社INFASパブリケーションズ

です。

それでは、以下に引用します。

編集部

実は、ゴルチエさんと仲が良い耀司さんと昨日お会いしたんです。

ジャン=ポール・ゴルチエ

とても尊敬しています。

編集部

クリエイターとして彼のどんなところに惹かれますか?

ジャン=ポール・ゴルチエ

彼の発想とユニークなスタイルでしょうか。
その独自のスタイルをつきつめて守っていることがすばらしいですね。
ヨウジさんのスタイルは服を見ただけでわかります。
その印象は、様々なクリエイターに影響を与えてきました。
すばらしい個性を持っています。

編集部

「ゴルチエ」の服にも、デザイナーの顔がしっかりと投影されています。

ジャン=ポール・ゴルチエ

確信しているものがあるから、ブレないんだと思います。
ファッションとトレンドとは切り離せないものです。
だから時流を受けてそれなりに進化することはあります。
でも自分の”ライン(核)”を持っていれば、誰が作った作品かわかるのではないでしょうか?
私はトレンドを追ってファッションを作っているわけではなく、自分のファッションを作っています。
トレンドだけを表現するテンポラリーファッションとは一線を画しています。

編集部

1997年に、ゴルチエさんが初めてパリのオートクチュール期間中にヌーベルクチュールを発表した時に、耀司さんをご招待していますね。

ジャン=ポール・ゴルチエ

そうです。
当時の写真を見ると、ヨウジさんが写っているものがあるんですよ。

編集部

ゴルチエさんらしいショーでした。

ジャン=ポール・ゴルチエ

自分の基礎に戻ったんです。
当時、プレタポルテではスペクタルなショーを見せていました。
そのイメージを排除して基本に戻ったのがあのオートクチュールでした。

 

すでにオートクチュールを手掛けていたんだと思う

ヨウジヤマモト373 1988年秋冬カタログ ニック・ナイトストール ヨウジヤマモト 1988年秋冬
「Yohji Yamamoto」より
ISBN2-84323-704-1

 

  • オリーブグリーンのラシャのストール
    ヨウジヤマモト
    1988年秋冬
    撮影:ニック・ナイト

編集部

なぜあの時期にオートクチュールをしようと思ったのですか?

ジャン=ポール・ゴルチエ

私は、ブランドを始める前は「ピエール・カルダン」で修業をしていました。
「カルダン」はオートクチュールも作っていましたし、もともとクチュールに挑戦したいという気持ちがありました。
さらにその時期、オートクチュールでも世代交代がありましたね。
「ジバンシー」にアレキサンダー・マックイーン、「クリスチャン・ディオール」にジョン・ガリアーノという新進気鋭のデザイナーが就任しました。
私は、クチュールをやるんだったら自分のブランドでやりたいと思っていました。
是が非でもこの時期(90年代後半)にオートクチュールを発表したかったというわけではありませんでした。
すでに80年代にオートクチュール的な表現を試みていましたし、時流に乗ってみようということで参加しました。
当時の私の社長が「ブランドとしてのステータスも上がるし、インターナショナルブランドとして、ひとつのパスポートになるから、オートクチュールはやるべきだ」と背中を押してくれましたし。

編集部

耀司さんも自分の会社で、オートクチュールをやろうと思ったことがあるらしいんです。

ジャン=ポール・ゴルチエ

オートクチュールにはいろんな意味があると思います。
川久保玲、山本耀司、アズディン・アライアティエリー・ミュグレーといった80年代のクリエイターは、オートクチュールとは言っていないけれど、発想や表現がオートクチュールだったと思います。
ほかのデザイナーとはまったく違うオリジナリティを提案することが、オートクチュールだと思うからです。
だからヨウジさんは、すでにオートクチュールを手掛けていたんだと思う。
もともとオートクチュールは、ひとりのお客さまのために一点物を作ること。
でも、70〜80年代になると、1点ではなくて、100枚単位で同じものを作るようになった。
果たしてそれはオートクチュールと言えるでしょうか?
大量生産という言葉になりますよね。
昔は、一着のドレスのためにお針子さんがいた。
でも、お針子さんではなくて、工場で働く社員のひとりになってしまった。

編集部

今日デニムをはかれていますね。
ご本人のデニム姿の印象はなかったんです。
最初のオートクチュールでデニムを大胆にアレンジしました。

ジャン=ポール・ゴルチエ

”ワーカーズパンツ”と呼んでいるくらいに、自分にとっては作業服です。
洗えば洗うほど味が出る。
人間と一緒なんですよ。
年を取れば取るほど魅力が出る(笑)。

 

ヨウジさんご本人が決めることでしょう

ヨウジヤマモト374 1987年秋冬カタログ ニック・ナイトセットアップ ヨウジヤマモト 1987年春夏
「Yohji Yamamoto」より

 

  • セットアップ
    ヨウジヤマモト
    1987年春夏
    撮影:ニック・ナイト

編集部

アン・ヴァレリー・アッシュが最近のオートクチュールコレクションで「ゴルチエ」のボーダーをアレンジした作品を発表していました。
メッセージとともに快くプレゼントされたと聞いています。
ちょうど銀座店の店内もボーダーを基調にしたないそうですね。

ジャン=ポール・ゴルチエ

気持ちがリフレッシュしませんか?
ボーダーにシーズンはないんですよ。
昔、春夏、秋冬とありましたが、今はみんな薄着になっちゃってファッションでもシーズンの区別がなくなりました。

編集部

ファッションに携わっている限り、シーズンはシーズンは無視するわけにはいきません。
シーズンの隙がなくなることに賛成ですか?

ジャン=ポール・ゴルチエ

僕が1970年代にピエール・カルダンのもとで働いていた頃、カルダンも「年に一回のショーでいい」と言っていました。
ベースコレクションを作って、シーズンごとに防寒のコートが出てきたり。
本人はそう言っていたけど、一度もやらなかった(笑)。

編集部

やってみる自信はありますか?

ジャン=ポール・ゴルチエ

デザイナーとしては、デザインの発想が終わってショーで見せてしまうと、過去のことになる。
クリエイターは次から次、の発想があってこそクリエイターといえます。
それが一年に一回だとちょっとさみしいですね。
カルダンが言ったように、ベースコレクションがあって、シーズンごとにカプセルコレクションがあるのはいいかもしれません。
ビジネスの面からいうと、基本ラインを作って、お店へのデリバリーの展開を今まで以上に早くするのは効果的かもしれません。

編集部

もし、耀司さんが引退を決意したら「ヨウジヤマモト」を誰に継いで欲しいと思いますか?

ジャン=ポール・ゴルチエ

それは、ヨウジさんご本人が決めることでしょう。
ヨウジさんの娘さん、デザイナーですよね?
彼のDNAを受け継いだデザイナーが身近にいるわけです。
マルタン・マルジェラは私のアシスタントで、天才的な才能がありました。
私は彼に独立して自分のブランドを立ち上げることを勧めました。
彼は一切メディアに顔を出さずに、徐々に自分のコレクションから身を引いた。
そして彼はデザインしていなかったことを公表しなかった。
つい最近のショーをどう思いました?

 

最後まで活躍することはできない

ヨウジヤマモト375 1988年春夏カタログ ニック・ナイトジャケット ヨウジヤマモト 1988年春夏
「Yohji Yamamoto」より

 

  • ライトブラウンのレーヨンのジャケット
    ヨウジヤマモト
    1988年春夏
    装飾用のボタン付き

    撮影:ニック・ナイト

編集部

アーカイブから影響を受けているのかな?と思いました。

ジャン=ポール・ゴルチエ

私はすばらしいと思いました。
デザイナーがこの世からいなくなってブランドだけが残ったらどうしたらいいのか?
そのブランドがまだトップにいたら、続けるべきだと思う。
ただ、外からデザイナーを連れてくるのではなくて、今までデザイナーと一緒に作っていたチームが同じ流れで作っていけばうまくいくと思います。
ブランドに勢いがなくなっていたら、それはダメだと思う。
マルタン・マルジェラは、トップの時点で彼が抜けてデザインチームに引き継いだ。
抜けた最初の2シーズンは正直よくなかったけれど、今シーズン(2011年春夏)のコレクションはとても良かった。
彼が作ったとみんなが信じるくらいの出来だったと思います。
アレキサンダー・マックイーンもそう。
今、彼の長年のアシスタントが作っています。
マックイーンの発想の中で進化し続けています。
そういうソフト・ランディングができるようなチームが残っていれば、できると思いますよ。
あるいは、やめるか、発想の違うデザイナーを招くかしかないですよね。

編集部

今スタッフに恵まれていますか?

ジャン=ポール・ゴルチエ

徐々に作りつつあります。
やはり準備する必要がありますね。
デザイナーとして一生、生きられるわけではないですし。
年を重ねれば重ねるほど、若手を育てるべきだと思います。
ある一定の年齢になったら、自分は退いて、若手をどんどん起用していかなければならない。
どんな人にもそういう時期がきます。
最後まで活躍することはできない。
ただし、ある日、突然はできないので今から準備しています。
実は「エルメス」を辞めた理由もそれです。
私のブランドでは次シーズン、より価格帯を抑えた新ラインがスタートする予定です。
名前はまだ決まっていませんが”ストリートライン”と呼んでいます。
そのラインもあるから、ひとりじゃ物理的に無理ですし、今、自分のチームを一生懸命育てています。

 

ジャン=ポール・ゴルチエについては、以下も参考にしてください。

「クリエイターが山本耀司を語る」は、以下も参考にしてください。