ウィリアム・モリス

ウィリアム・モリスの名前も作品も、一度は目にしたことがあるはずです。
しかし、ウィリアム・モリスの全体像はなかなか見えないのではないでしょうか?

 

ウィリアム・モリス

ウィリアム・モリス02ウィリアム・モリス
「ELLE DECOR No.116 2011年10月号」より

 

ウィリアム・モリス(William Morris)

  • 1834年 イギリスのロンドン郊外に生まれる(3月24日)
  • 1856年 建築家ストリートの事務所に入所
  • 1859年 ジェーン・バーデンと結婚
  • 1861年 モリス商会の前身「モリス・マーシャル・フォークナー商会」を設立
  • 1864年 最初の壁紙をデザイン
  • 1865年 ブルームズベリに移転
  • 1875年 モリス単独経営の「モリス商会」を設立
  • 1877年 ショールームをオックスフォード449番地に開店
  • 1881年 サリー州、マートン・アビィの古い絹織物工場を工房にする
  • 1887年 ビクトリア女王がバルモラル城の壁紙をモリスに依頼
  • 1890年 弟子、ジョン・ヘンリー・ダールに工場を継承
  • 1891年 自宅の近くに「ケルムスコット・プレス」を設立
  • 1896年 死去(10月3日)

 

ウィリアム・モリスの活動

ウィリアム・モリス03モリスの壁紙 サンプル
「ELLE DECOR No.116 2011年10月号」より

 

  • モリスの壁紙
    JEFFREY & Coが保存したサンプルと業務日誌

ウィリアム・モリスは、多才の人でした。

ウィリアム・モリスは、

  1. 建築家
  2. 画家
  3. 手工芸の技能

の教育を受けました。

ウィリアム・モリスの活動は多岐にわたり、

  1. 詩人
  2. ユートピア小説家
  3. 翻訳家
  4. 社会主義者

でもありました。

またデザイン分野に限って見ても、

  1. 室内装飾
  2. ステンドグラス
  3. 家具
  4. 壁紙
  5. テキスタイル
  6. タイル
  7. ケルムスコット・プレスの出版物

までとても幅広い活動をしています。

 

アーツ・アンド・クラフツ運動

ウィリアム・モリス05「Kennet」 モリス 1883年
「ELLE DECOR No.116 2011年10月号」より

 

  • Kennet
    モリス
    1883年発表
    モリスが藍染にインスパイアされた

当時のイギリス社会は、産業革命の成果で機械化が急速に進みました。

機械化は中産階級の嗜好に合わせた、

  • 安い
  • 一見豪華
  • 安易

な製品を大量に供給するようになりました。

機械生産による製品の質の低下にともなって、手工芸品尊重の風潮が起こりました。

このような風潮を背景にアーツ・アンド・クラフツ運動は、

  • ジョン・ラスキンの強い影響のもと
  • ウィリアム・モリスを主導者

として推進されました。

アーツ・アンド・クラフツ運動はのちに、

などに影響を与えました。

 

ウィリアム・モリスとファッション

ウィリアム・モリス04木型
「ELLE DECOR No.116 2011年10月号」より

 

  • 木型
    モリスは1864年にJEFFREY & Coと契約
    JEFFREY & Co内にモリス商会の木型プリント部門を設立

モリスの花柄プリントはこれまで、たびたびファッションに登場しました。

しかしこのような点を除けば、ウィリアム・モリスがファッションと直接かかわることはありませんでした。

ウィリアム・モリスは、ゴシック的な女性像を理想としていました。

モリスがあこがれたゴシックやラファエロ前派の画家が描いたルネサンス以前のナイーブな女性像は、

  • 流れるようなドレープが体を包み
  • ハイウエストにベルトを締めたシルエット

をしていました。

それは1880年ころから起こった、

  • レイショナル・ドレス(合理服)運動
  • エステティック・ドレス(美的服)運動

などのイメージ源となって、知識層や芸術家たちを魅了しました。

 

デザイナーと教育者の顔

ウィリアム・モリス06「Willow Boughs (柳の枝)」 モリス 1887年
「ELLE DECOR No.116 2011年10月号」より

 

  • Willow Boughs (柳の枝)
    モリス
    1887年発表

ウィリアム・モリスは、スケッチするだけのデザイナーではありませんでした。

刺繍、染色など自らが試作し、工場と共同制作を行いました。

またウィリアム・モリスは、弟子たちの能力を最大限に生かしました。

ウィリアム・モリスは自分でデザインをしながら、後継者を育てました。

 

まとめ

ウィリアム・モリス07「Fruit (フルーツ)」 モリス 1864年
「ELLE DECOR No.116 2011年10月号」より

 

  • Fruit (フルーツ)
    モリス
    1864年発表

アーツ・アンド・クラフツ運動でウィリアム・モリスは、中世の手仕事に帰り生活と芸術を統一することを主張しました。

そしてウィリアム・モリスは、「民衆による民衆のためのデザイン」を目指しました。

しかしモリス商会の商品は、高価なものになってしまいました。

「高価なモリス商会の商品は、裕福な階層にしか買えない」と批判もされました。

手頃な値段の製品を作ろうとして、高価になってしまうことはよくあることです。

ジョージ・ネルソンのマシュマロソファも、安く作ろうとして結果高額になってしまいました。

デザイナーが製品を届けたい客層に適正な価格で製品を作るのは、本当に難しいことです。