ヴィヴィアン・ウエストウッド

ヴィヴィアン・ウエストウッドは、現在最も有名なファッションデザイナーのひとりです。
しかしヴィヴィアン・ウエストウッドを説明しようとすると、どのように説明すれば良いのかわからなくなります。

 

ヴィヴィアン・ウエストウッド

ヴィヴィアン・ウエストウッド02ヴィヴィアン・ウエストウッド
「ヴィジョナリーズ ファッション・デザイナーたちの哲学」より

 

  • ヴィヴィアン・ウエストウッド
    1997年

    PORTRAIT : JAMES HUNKIN

ヴィヴィアン・ウエストウッド

ヴィヴィアン・イザベル・スウェア

  • 1941年 イギリスのダービシャー州グロソップに生まれる(4月8日)
  • 1957年 ロンドン西北部ハーロウに移転
  • 1963年 デレック・ウエストウッドと結婚
  • 1965年 マルコム・マクラーレンと出会う
  • 1966年 デレック・ウエストウッドと離婚
  • 1970年 「レット・イット・ロック」というショップをオープン
  • 1972年 ショップ名を「トゥ・ファースト・トゥ・リブ、トゥ・ヤング・トゥ・ダイ」に変更
  • 1974年 ショップ名を「セックス」に変更
  • 1976年 ショップ名を「セディショナリーズ」に変更
  • 1981年 ショップ名を「ワールズエンド」に変更
         初のファッションショーを開催
         テーマは、「パイレーツ」
  • 1982年 「サヴェッジズ」コレクションを発表
         パリで「バッファロー」コレクションを発表
  • 1983年 破産
  • 1984年 援助を申し出たジョルジオ・アルマーニの誘いを受けて、イタリアに渡る
  • 1985年 「ミニクリニ」コレクションを発表
  • 1986年 イギリスに戻る
  • 1987年 「ハリス・ツイード」コレクションを発表
  • 1988年 「ベーガン」コレクションを発表
  • 1990年 ヴィヴィアン・ウエストウッドの名を冠したブティックを開店
         「カット・アンド・スラッシュ」コレクションを発表
  • 1992年 大英帝国勲章(OBE)を授与される
  • 1993年 「アングロマニア」コレクションを発表
  • 1996年 ミラノで「ヴィヴィアン・ウエストウッド・マン」を発表
  • 1998年 香水「ブドワール」を発表

 

パンクファッション

ヴィヴィアン・ウエストウッド03ヴィヴィアン・ウエストウッド ロンドンコレクション
1988-1989年秋冬
「装苑 2003年10月号」より

 

ヴィヴィアン・ウエストウッドの名前を聞いて、最初に思い浮かぶのはパンクファッションです。

1990年ころの文化服装学院には、「セディショナリーズ」のファンがたくさんいました。

「20世紀ファッションの文化史」にはパンクについて、

パンクファッションは過去の文化をカットアップしコラージュするが、それは文化を既存の歴史的文脈から切り離して自由に組み合わせる、ある種ポストモダン的な記号操作に近い。

(中略)

パンクのスタイルはむしろ不自然さを強調したイメージによって、中流階級のイデオロギーの偽善性を際立たせる。
マーケットに氾濫する既製品や大量生産品を拒否すること。
すべてを等価なものとして距離を置くポストモダンとは異なり、パンクは過去の文化を切り裂くことによる挑発をもくろんでいた。

「20世紀ファッションの文化史」p214より引用

と書いてあります。

やがてヴィヴィアン・ウエストウッドはパンクから離れ、ファッションデザイナーとして再出発する決意をします。

 

過去の服飾史

ヴィヴィアン・ウエストウッド04ヴィヴィアン・ウエストウッド
「100 CONTEMPORARY FASHION DESIGNERS」より
ISBN978-3-8365-5724-5

  • ヴィヴィアン・ウエストウッド
    PHOTOGRAPHY : TIMUR CELIKDAG
    STYLING : NADINE SHAW
    MODEL : GILI
    2003年10月

ヴィヴィアン・ウエストウッドは、

  • 美術館
  • ギャラリー

に足繁く通いました。

ヴィヴィアン・ウエストウッドのお気に入りは、ウォレス・コレクションでした。

ウォレス・コレクションに展示されている、絵画の衣装を詳細に検討しました。

またヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に展示されている、コスチュームの現物を研究しました。

このような研究を通してヴィヴィアン・ウエストウッドは、過去の服飾史を新しい視点から見ることになりました。

 

パンクと貴族文化の共通点

ヴィヴィアン・ウエストウッド05ヴィヴィアン・ウエストウッド
「100 CONTEMPORARY FASHION DESIGNERS」より

 

  • ヴィヴィアン・ウエストウッド
    PHOTOGRAPHY : TAKAY
    STYLING : JO BARKER
    MODEL : DIANA
    2003年10月

ヴィヴィアン・ウエストウッドが惹かれたのは、

  1. 貴族たちが豪華な衣装に込めていた凡俗や庶民を軽蔑する高踏的(こうとうてき)な姿勢
  2. 奢侈(しゃし)や放恣(ほうし)にふける蕩尽(とうじん)の美学

でした。

過去のコスチュームには、19世紀以降のモダニズムを吹き飛ばすような過激さがありました。

ヴィヴィアン・ウエストウッドは、そこにパンクに通じる否定精神を見たのでした。

パンクもまた、

  1. 中流社会を軽蔑
  2. 芸術に日常を変革する原動力を求める

精神を持っていました。

ヴィヴィアン・ウエストウッドは、貴族文化が爛熟(らんじゅく)した18世紀(ロココ・スタイル)に強烈な魅力を感じました。

 

ポストモダン

ヴィヴィアン・ウエストウッド06ヴィヴィアン・ウエストウッド
1994-1995年秋冬
「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」より

 

ヴィヴィアン・ウエストウッドの言葉を、引用します。

過去のスタイルを模倣することは大いに結構なことだと思う。
現代ほど、過去に対する敬意の念が薄れてしまった時代はないのではないか。
先人のテクニックを模倣してこそ、自分独自のテクニックを築き上げることができるのだ。
わたしがかつてない独自のシルエットを考案できたのも、歴史的なスタイルを融合し、現代という時代に蘇らせることができたからだ。

「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」p143より引用

ヴィヴィアン・ウエストウッドのコレクションは、

など、従来の女性解放のイメージとは異なるシンボルが頻繁に登場します。

過去の服がコラージュされた新しい服には、新しい意味が適用されます。

 

まとめ

ヴィヴィアン・ウエストウッド07ヴィヴィアン・ウエストウッド
2005-2006年秋冬
「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」より

 

最後にヴィヴィアン・ウエストウッドの考えが良く現れているインタビューを、2つ紹介します。

突破口を見いだしたのは、とうとうイタリアで生産を開始した時なの。
なぜならそれ以前、私は大量生産に関する問題を打破できないでいた。
私やイギリス人の多くがまず最初に始めた家内工業と、マークス・アンド・スペンサーで大量に売るために作っている人たちの間には、実際橋渡しできないほどの溝があるの。
いまだに、大量生産を行う人々をクリエイティブな面から支えるような設備期間や精神構造が、イギリスにはないのよ。

「ヴィジョナリーズ ファッション・デザイナーたちの哲学」p100-101より引用

私たちは鳥と同じよ。
孔雀は鷹とは交わらないし、雀はみそざいとは交わらない・・・・・。

問題は私がエリート主義かどうかではなく、エリート主義であることが本当に不健全であるかどうかなの。

「ヴィジョナリーズ ファッション・デザイナーたちの哲学」p110-111より引用

ヴィヴィアン・ウエストウッドについて書くために、3冊の参考文献を読みました。

しかしこの3冊のいずれも、

  • 不正確な記述
  • 要領を得るのが難しい記述

が多く見られました。

正確で理解しやすい本が増えることを希望して、終わりとさせていただきます。

参考文献

  • 20世紀ファッションの文化史
    著者 :成実弘至
    発行所:河出書房新社
    ISBN978-4-309-24746-5
  • もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー
    著者 :ノエル・パロモ=ロヴィンスキー
    監修 :朝日真・澤住倫子
    発行所:グラフィック社
    ISBN978-4-7661-2374-6
  • ヴィジョナリーズ ファッション・デザイナーたちの哲学
    著者 :スザンナ・フランケル
    翻訳 :浅倉協子
        谷川直子
        長岡久美子
        春宮真理子
    発行所:ブルース・インターアクションズ
    ISBN978-4-86020-148-7

ヴィヴィアン・ウエストウッドについては、以下も参考にしてください。

 

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