装苑賞の思い出

誰かが雑誌のインタビューで、「ファッションデザイナーの登竜門は装苑賞と遠藤賞だ」と言いました。

 

装苑賞に応募

装苑賞05装苑2003年10月号の表紙より

 

私は文化服装学院の聴講生となった日から、装苑賞に出すためにデザイン画を描き続けました。

装苑賞のために毎月、200枚以上デザイン画を書きました。

その中から良いものを160枚選んで、40枚ずつを4人の先生に提出しました。

私は、ケント紙に筆ペンとソフトパステルで絵を描いていました。

ケント紙は、すぐになっくなってしまいます。

10日ごとに文化服装学院の購買でケント紙を100枚ずつ買うので、購買の人は驚いていました。

 

初めてデザイン画を選んでもらえた

1991年の4月にデザイン画を出し始めて、6月にデザイン画を初めて選んでいただけました。

文化出版局から電話を頂いた時は、喜びのあまり舞い上がってしまいました。

文化出版局で、打ち合わせをしました。

製作にあたってデザイナーの先生から、アドバイスやコメントをいただくこともありました。

最初の候補作品は、

  • 7月の初旬に服を制作し始めて
  • 5週間後の、8月中旬に提出しました
  • その後、作品の写真撮影が行われました
  • 8月下旬に松田光弘先生の事務所にお邪魔して対談というか、批評をしていただきました
  • 私の候補作品が掲載された装苑12月号は、10月末に出版されました

初めての装苑掲載は、こんな風に進みました。

 

装苑賞のいいところ

装苑賞03『装苑』と「装苑賞」 その歩み パンフレットより

 

装苑賞のいいところは、

  1. 有名なデザイナーと直に会って、講評をしていただけたこと
  2. 雑誌に、作品が掲載されたこと
  3. ショー形式の、公開審査があること

です。

 

1.有名なデザイナーと直接会って、講評をしていただけたこと

自分の作品の欠点や良いところを、現役のファッションデザイナーに教えていただけます。

このことは、非常に貴重な体験でした。

自分が気付いていない良い部分があったことは、驚きでした。

自信につながりました。

自信を持つことは、とても大事なことです。

更に作品だけでなく、ファッションデザイナーとしての心得も教えていただき、20年以上たった今でも役に立っていることは非常に多いです。

私が装苑賞に応募していたときの審査員は、

の11人の先生でした。

 

2.雑誌に、作品が掲載されたこと

自分が作った作品が、人の目に触れることは大変素晴らしいことです。

今はブログなど、個人が発信する方法があります。

しかし1990年ころは、簡単に発信できませんでした。

出版物に写真が載ると、反響も出てきます。

大学時代の友達も装苑を見て、応援してくれるようになりました。

渋谷や新宿、日暮里(繊維街)を歩くと声をかけられるようになり、ファンレターも届くようになりました。

 

3.ショー形式の、公開審査があること

装苑に掲載される写真は、

  • カメラマン
  • モデルさん
  • 編集の方々

の力で、良く見えるようにできています。

また雑誌掲載時には、良い写真を選んでくれます。

しかし実際にモデルが作品を着てステージを歩くと、良くない点が丸見えです。

その反省点が、私の成長につながりました。

 

装苑賞担当編集の皆さん

装苑賞担当の編集の方々はとても優しくて、厳しい批評に落ち込んでいる私を励ましてくださいました。

そして新人デザイナーの取材に同行させてくれたり、たくさんの貴重な体験をさせてくださいました。

ありがとうございました。