ピエール・バルマン

文化学園服飾博物館で開催されている「ヨーロピアン・モード」展で、ピエール・バルマンの服がとても良かったです。
今回は、ピエール・バルマンを取り上げます。

 

ピエール・バルマン

ピエール・バルマン02ピエール・バルマン
「華麗なるオートクチュール展」図録より

 

ピエール・バルマン

  • 1914年 フランスのサヴォア県サン・ジャン・モーリエンヌに生まれる
  • 1934年 エドワード・モリヌーのメゾンで働く
  • 1939年 ルシアン・ルロンに入社
  • 1945年 パリのフランソワⅠ世通りにメゾンをオープン
  • 1982年 死去

 

幼いころのピエール・バルマン

ピエール・バルマン03イブニング・ドレス ピエール・バルマン 1950年ころ
「華麗なるオートクチュール展」図録より

 

  • イブニング・ドレス
    ピエール・バルマン

    1950年ころ
    ストラップレスドレスは、ピンクのシルクファイユ地
    真珠のビーズ、ラインストーン、銀のモールで刺繍
    揃いの真珠で縁取りしたアンダースカート付き

ピエール・バルマンのことで年表にできることは、ごくわずかしかありませんでした。

若い頃のことを、年号に関わらず書いていきます。

父は、ピエール・バルマンが7歳の時になくなりました。

生前は、織物の卸売業に携わっていました。

母は、ブティックで働いていました。

未亡人となった母は、再びブティックで働き始めました。

ピエール・バルマンは、布地の端切れで遊びました。

また、

などのクチュリエたちが掲載されたファッション雑誌を読んで、成長しました。

 

若き日のピエール・バルマン

ピエール・バルマン04ダンス・ドレス ピエール・バルマン 1952年春
「華麗なるオートクチュール展」図録より

 

  • ダンス・ドレス
    ピエール・バルマン

    1952年春
    ストラップレスのショート丈のイブニング・ドレス
    ラインストーンを散りばめたパールグレイのシルクオーガンザ地
    プリーツを寄せた胸元の細工は、背中の小さな「羽」まで続いている
    たっぷりとしたスカートは、1枚1枚裁断された花びらから成っている
    白いスパンコールで刺繍を施し、涙型のラインストーンがまばらに散らされている

ピエール・バルマンは、クチュール界で働きたいと思うようになりました。

しかし母からの反対に合い、ボザール美術学校で建築を学ぶことで母をなだめようとしました。

建築学校に在学中、デザインのスケッチをエドワード・モリヌーに見せる機会がありました。
エドワード・モリヌーはこれを絶賛し、ピエール・バルマンにクチュリエになるようにアドバイスしました。

徴兵後、ピエール・バルマンは見習いとしてエドワード・モリヌーに雇われました。

5年間モリヌーのもとで働き、1939年にルシアン・ルロンに入社しました。

ここで、クリスチャン・ディオールとともに、コレクションを作りました。

 

独立したピエール・バルマン

ピエール・バルマン05イブニング・ドレス「アネ」 ピエール・バルマン 1953年春
「華麗なるオートクチュール展」図録より

 

  • イブニング・ドレス「アネ」
    ピエール・バルマン

    1953年春
    たっぷりとしたスカートのストラップレスドレス
    白いシルクチュール地に、機械編みのレースを平行に何本もあしらった
    胴衣と大きく襞(ひだ)を付けたサッシュベルトは、ピンクのシルクサテン地
    スカートは何枚にも重ねられたチュールのペチコートで支えられている

ピエール・バルマンは、1945年に独立しました。

アメリカ版ヴォーグによって、
「フランスの最も新しいセンセーショナルなクチュリエ。」
として紹介されました。

ピエール・バルマンは、トップクチュリエの一人として何十年間も、

  1. エレガント
  2. 魅力的
  3. 可憐

な服を作ってきました。

 

ジョリ・マダムと映画

ピエール・バルマン06イブニング・ドレス「グラン・プリミエール」 ピエール・バルマン 1955年冬
「華麗なるオートクチュール展」図録より

 

  • イブニング・ドレス「グラン・プリミエール」
    ピエール・バルマン

    1955年冬
    共布のリボンをあしらった細身のロングドレス
    黒いシルクベルベット地
    ベルベトのリボンを形づけるために、
    ベルベットに切り込みを入れて、
    別々になったリボンの結び目と輪とを引き寄せて、
    後ろ側にシルクファイユの長方形の布をすべりこませている

ピエール・バルマンの作るシルエットはどれもが、
「ジョリ・マダム(魅力的な婦人)」
と表現されました。

ピエール・バルマンは、数十本を超える映画のコスチュームデザインを行いました。

お気に入りの女優は、フェミニンで知的なケイ・ケンドールでした。

” The Reluctant Debutante “などのコスチュームデザインを行なっています。

 

まとめ

ピエール・バルマン07イブニング・ドレス ピエール・バルマン 1956年春夏
「FASHION A History from the 18th to the 20th Century」より

 

  • イブニング・ドレス
    ピエール・バルマン

    1956年春夏
    白地に赤いポピー柄のシルクタフタ・シネのワンピース・ドレス
    ボディスはポピー柄部分のみのパッチワーク
    黒いシルクファイユのベルト
    クリノリン・スタイルが蘇ったようなイヴニング・ドレス

    しかしドレス全面に散った大きなポピーは新鮮な現代性を示している
    テキスタイルは、サンテティエンヌの絹織物業社の一つ、スタロン社製
    このテキスタイルは、同シーズン、ファットやデッセでも使われた

ピエール・バルマンは、
「服作りとは動きのアーキテクチャーだ。」
というモットーを実践し、現代生活にマッチした服を作りました。

ピエール・バルマンについて、見てきました。

しかしピエール・バルマンについての詳しい書籍や、情報があまりありませんでした。

実物の服や写真を見ると、ピエール・バルマンは非常にエレガントな服を作るファッションデザイナーです。

クラシックな服ですが、ここまで洗練させると古臭さを感じることはありません。

参考文献

  • 「華麗なるオートクチュール展」図録
  • 「FASHION A History from the 18th to the 20th Century」
    ISBN978-3-8365-5719-1