ポール・ポワレ

ポール・ポワレは、20世紀の重要なファッションデザイナーです。
しかし私の中では、どのように位置付けて良いかわからない、ファッションデザイナーでもあります。

 

ポール・ポワレ

ポール・ポワレ02ポール・ポワレによる仮装衣装 M.ヌーネス ヴァイス撮影
「FASHION 18世紀から現代まで」より
ISBN978-4-88783-282-4

 

ポール・ポワレ(Paul Poiret)

  • 1879年 パリに生まれる(4月20日)
  • 1897年 傘屋で見習い奉公
         その後、ファッション画を描いて有名店に売り込む
  • 1898年 ジャック・ドゥーセのメゾンに入る
  • 1900年 兵役のためジャック・ドゥーセのスタジオを辞める
  • 1901年 ウォルトのメゾンに入る
  • 1903年 オーベル通りに、メゾンを開設
         直線裁ちの「孔雀コート」を発表
  • 1906年 パスキエ通りに、メゾンを移転 
         コルセットを使わないドレス「ローラ・モンテス」発表
  • 1908年 カタログ画集を製作、ポール・イリーブに依頼
  • 1909年 サントノレのダンタン通りの屋敷を購入
  • 1910年 北アフリカを旅行
         ホブル・スカートを発表
  • 1911年 パリ・クチュール組合設立
         ウィーン工房を見学
         香水「ロジーヌ」を発表
         インテリア学校・工房「マルチーヌ」を設立
         サントノレの屋敷で「千夜二夜物語」を開催
  • 1912年 ランプシェード・チュニック「ソルベ」を発売
  • 1913年 アメリカでプロモーション
         アトリエでエルテが働き始める(-1914年)
  • 1914年 「アフロディーテ」のコスチューム・デザイン
         第一次世界大戦(1918年まで)
         軍服の生産部に配属
  • 1916年 ヴォーグ誌で自分のドレスの安価な複製を
         「正真正銘の複製品」として宣伝
  • 1922年 マン・レイにファッション写真を依頼
         会社を株式会社化
  • 1924年 レジュン・ド・ヌール勲章を受賞後、破産
  • 1925年 アール・デコ展に参加
  • 1926年 マルチーヌ工房とロジーヌ香水を売却
  • 1929年 2度目の破産
  • 1932年 3度目の破産
  • 1944年 パリで死去(4月30日)

 

 コルセットを使わないドレス

ポール・ポワレ03ジョルジュ・ルパップ 1911年
「100years Fashion Illustration」より
ISBM978-1-85669-462-9

 

ポール・ポワレは1906年、コルセットを使わないハイウエストのドレスを発表しました。

この新しいスタイルの提案は、「女性の体をコルセットから解放しよう」という意図によるものではありませんでした。

ではなぜポール・ポワレは、コルセットを破棄したのでしょうか?

ポール・ポワレは、オリエント文化の影響を取り入れ独自のスタイルを創造しました。

ポール・ポワレはオリエンタリズムの意匠を借りることで、女性身体のエロスをあらわにしました。

そして19世紀の身体美学から、訣別しようとしたのです。

新しいフォルムや美を追求した結果、ポール・ポワレはコルセットを破棄したのでした。

ポール・ポワレはコルセットを破棄した後も、ガードルをつけるように指示していました。

 

千夜二夜物語

ポール・ポワレ04ソルベ ポール・ポワレ 1912年
「100years Fashion Illustration」より

 

  • ソルベ
    ポール・ポワレ
    1912年
    ポワレのランプシェード・チュニック
    ガラス・ビーズを刺繍した絹シフォンと絹サテン
    チュニックのヘムにワイヤー入り
    ヘムに黒い狐のファーをトリミング

ポール・ポワレは1911年、サントノレの屋敷で「千夜二夜物語」という伝説的な仮装パーティを催しました。

この夜、建物の内装や庭園はペルシャの王宮のように豪華に飾りたてられました。

300人もの招待客が、ペルシャ風の仮装をして出席しました。

ポール・ポワレは頭にターバンを巻き、鞭と三日月刀を手にしたスルタンに扮しました。

そのかたわらの黄金の檻には、妻ドニーズや女性たちが閉じ込められていました。

やがて招待客がそろうと、女性たちが檻から解き放たれました。

おとぎ話に見立てられた、オリエンタルな夜が繰り広げられました。

このときドニーズ・ポワレが身につけていた衣装に、参加客から熱いまなざしが注がれました。

この衣装は、ランプシェード・チュニック「ソルベ」として発売されました。

 

香水ブランド「ロジーヌ」

ポール・ポワレ05左:男性用仮装衣装 1914年 右:女性用仮装衣装 1913年
「FASHION 18世紀から現代まで」より

 

  • 男性用仮装衣装
    ポール・ポワレ
    1914年
    金ラメと紫の絹サテンの男性用ジャケット
    模造真珠と黒い毛皮の装飾
    キモノスリーブの先端に模造真珠のタッセル付き
    金ラメの帽子に模造真珠と鷲の羽の装飾
  • 女性用仮装衣装
    ポール・ポワレ

    1913年
    金ラメのハーレム・パンツの上に黒い絹ゴースのオーバードレスのワンピース形式
    オーバードレスは花模様の金糸刺繍、裾にはフーブ入り、金糸のフリンジ飾り
    ベルトは金糸刺繍
    パンツは両脇裾に玉飾り

1911年ポール・ポワレは、香水ブランド「ロジーヌ」を発表しました。

「ロジーヌ」はファッションデザイナーによる、最初の香水とされています。

ポール・ポワレは従来の香水とは違う、個性的でエキゾチックな香りを求めていました。

そのために郊外に工場を設立して、調合師に実験を繰り返させています。

ポール・ポワレは、

  1. 香りの調合
  2. ボトル・デザイン
  3. パッケージ・デザイン

など全般のデザインを手がけました。

40名の従業員が、生産から瓶詰めまでの作業を行いました。

ロジーヌは香水以外にも、化粧品や石鹸なども商品展開しました。

 

インテリア学校・工房「マルチーヌ」

ポール・ポワレ06ジョルジュ・ルパップ 1914年
「100years Fashion Illustration」より

 

  • ジョルジュ・ルパップ
    「Le Collier Nouveau」
    ” Gazette du bon ton ” 1914年1月号
    ステンシル・プリント

1911年にポール・ポワレは、インテリア学校・工房「マルチーヌ」を設立しました。

装飾芸術に関心があったポール・ポワレは、装飾デザイン学校、さらに生徒を組織して工房を作りました。

「マルチーヌ」では、

  1. テキスタイル
  2. 壁紙
  3. インテリア
  4. 家具

などの製作と販売を手がけました。 

ポール・ポワレは、貧しい労働者階級のエリアに住む13歳前後の少女たちを集めました。

そして絵筆をもたせ、自由に練習するように促しました。

少女たちには、学校で学んでいるときにも賃金が与えられました。

数ヶ月後、彼女たちの作品を商業的に生産していく工房が開かれました。

マルチーヌは成功を収め、ドイツやロンドンに支店を開くほどになりました。

ポール・ポワレは、ここにたくさんの芸術家を連れてきました。

とくにラウル・デュフィは、マルチーヌに興味を持ちました。

ラウル・デュフィは、みずからテキスタイルの原画とプリントを制作しています。

 

まとめ

ポール・ポワレ07コート ポール・ポワレ 1923年春
「FASHION 18世紀から現代まで」より

 

  • コート
    ポール・ポワレ

    1923年春
    ダーク・ローズの草花模様の絹ジャガード
    衿、ヨーク、袖は紫の絹サテンに金糸刺繍
    ドルマン・スリーブ

ポール・ポワレは、ファッションだけでなく生活全体をデザインしました。

現在のアパレルメーカーの、ビジネスモデルのような存在です。

しかし、シャネルは言います。

ポール・ポワレの舞踏会が大成功をした翌日には、彼は1600万フランの赤字を出した。

あたしは、一銭だってこんな宣伝に金を使ったことはない。
宣伝をうまくしようとして、モード界の連中が、並はずれたことをするというのはなんの意味もないし、本来の意図にも反している。
並はずれるということは、個性を害するからだ。

 「獅子座の女シャネル」P167-168より引用
ISBN978-4-579-30055-6

 

ポール・ポワレの服は、私から見れば仮装衣装です。

ポール・ポワレの服は、リアル・クローズではありません。

第一次世界大戦を挟み、ポール・ポワレの仮装衣装からシャネルのリアル・クローズへの転換がありました。

ポール・ポワレは、3度も破産しています。

ポール・ポワレと同じようなビジネス展開で、果たして成功するのでしょうか?

ポール・ポワレは、新しいことをやりました。

しかしその結果は、成功とは言えません。

未だに私は、ポール・ポワレをどう捉えていいのか、わかりません。

 

最近、「ファッションの世紀」という本を読みました。

この本の中で、「ポール・ポワレのことをファッション・ディレクター」と呼んでいました。

ポール・ポワレは、「ファッション・ディレクター」という呼び名がぴったりです。

(2017年5月10日追記)

 

参考文献

  • 20世紀ファッションの文化史
    著者 :成実弘至
    発行所:株式会社河出書房新社
    ISBN978-4-309-24746-5
  • ファッションの世紀
    著者 :深井晃子
    発行所:平凡社
    ISBN4-582-62034-5

ポール・ポワレについては、以下も参考にしてください。