MGM社のチーフ衣装デザイナー エイドリアン

アメリカを代表するファッションデザイナー、今回はエイドリアンの登場です。
エイドリアンは映画の衣装以外にも、小売の分野でも活躍しました。

 

エイドリアン

エイドリアン02アンサンブル エイドリアン
「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」より
ISBN978-4-7661-2374-6

 

  • アンサンブル
    エイドリアン
    女優:グレタ・ガルボ
    グリーンのモアレ模様のアンサンブル
    ホルター・トップのドレス
    トレンチ・スタイルのイブニングコート

エイドリアン
(本名:アドルフ・エイドリアン・グリーンバーグ)

  • 1903年 コネチカット州ノーガタックで生まれる(3月3日)
  • 1920年 パーソンズ・スクール・オブ・デザインで1年間学ぶ
  • 1921年 パリに渡る
         「ミュージック・ボックス・レヴュー」の衣装デザイン
  • 1922年 舞台演出家、ロバート・コールと知り合う
  • 1926年 映画監督のセシル・B・デミルとタッグを組む
  • 1928年 MGM社のチーフデザイナーに就任
  • 1929年 デパートの購買担当マネージャー、ウッディ・ファーストと出会う
  • 1932年 映画「令嬢殺人事件」のジョン・クロフォードの衣装の複製品が大ヒット
         メイシーズだけでも5万点以上を売り上げた
  • 1939年 映画「ザ・ウィメン」のファッション・ショー・シーンの衣装を手がける
  • 1942年 口論の末、MGM社を退職
         ビバリーヒルズにブティックをオープン
         (ビジネス・パートナーはウッディ・ファースト)
  • 1952年 心臓発作を患う
         以後ブラジルの農場で引退生活
  • 1959年 死去(9月13日)

 

エイドリアンの衣装の特徴

エイドリアン03アンサンブル エイドリアン
「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」より

 

  • アンサンブル
    エイドリアン
    女優:エレノア・パウエル
    マルチカラーのチェック柄リボンとジャケットの衿
    ベストに同じチェック柄を用いて、ウエストを小さく見せている

エイドリアンの衣装は、

  • 丈の長い軽やかなガウン
  • 誇張した肩
  • 細く絞ったウエスト
  • テクスチャー
  • グラフィカルなライン
  • 繊細な細工
  • 中間色の駆使
  • 構築的な造形

といった要素の絶妙なバランスの上に成り立っています。

第二次世界大戦の勃発以降は、クレア・マッカーデルとともにアメリカ独自のスタイルの開発に乗りだしました。

エイドリアンは、

  • キルト
  • 農民
  • ギンガム・チェック

など、アメリカのアイデンティティを体現するシンボルを作品に用いています。

またエイドリアンは、女優の顔を引き立てるように衣装をデザインしました。

女優のジョーン・クロフォードは、

「人の注意をそらすような要素は一切あってはならない。
何事もシンプル、シンプル、シンプルであるべきだ。
顔だけが引き立てばよいのだ。」
とエイドリアンは語っていた。

「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」p36より引用

と言っています

 

まとめ

エイドリアン04アンサンブル エイドリアン 1946年
「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」より

 

  • アンサンブル
    エイドリアン
    1946年の映画「ユーモレスク」
    女優:ジョーン・クロフォード
    シンプルなアンサンブルで、体型をうまくカバーしている

アメリカのファッションデザイナーを

  1. ロイ・ホルストン・フローイック
  2. ルディ・ガーンライヒ
  3. エイドリアン

と見てきました。

面白いことに、3人とも会社を解雇されたり、口論の末退職しています。

ロイ・ホルストン・フローイックは、

1966年に百貨店内で自身のブランドの服を販売する機会を与えられましたが、1年しか続きませんでした。

さらに1984年にはドラッグの濫用により、チーフデザイナー職を解雇されました。

ルディ・ガーンライヒは、

1949年にコートとスーツを製造していたジョージ・カーメル社に入社しました。

しかしフランス人デザイナーの作品をコピーする会社の方針についていくのは難しいと感じていたところ、解雇されました。

エイドリアンは、

1942年にグレタ・ガルボの衣装をめぐる口論の末、MGM社を退職しました。

ドラッグの濫用によって解雇されたロイ・ホルストン・フローイックは別として、ルディ・ガーンライヒとエイドリアンは退職後も大活躍しました。

(ロイ・ホルストン・フローイックも百貨店内での自身のブランド販売は上手くいきませんでしたが、その後大活躍しました。)

アメリカのファッションデザイナーの歩みには、日本のファッションデザイナーへのヒントがたくさんあるように思えます。