マリー・クワント

「マリー・クワントは重要なデザイナー」と書きながら、資料が適当な本ばかりです。
マリー・クワントについて、できるだけ調べてみます。

 

マリー・クワント

マリー・クワント02マリー・クワント(中央) 1967年
「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」より
ISBN978-4-7661-2374-6

 

マリー・クワント(Mary Quant)

  • 1934年 ロンドンのブラックヒースに生まれる(2月11日)
  • 1955年 チェルシーに「バザー」という店をオープン
  • 1956年 白いビニール製の衿を発売
  • 1957年 ナイツブリッジ付近に2号店をオープン
  • 1962年 アメリカに輸出を開始
  • 1963年 低価格ライン「ジンジャー・グループ」を立ち上げる
  • 1965年 ミニスカートを発表
  • 1966年 「ペイント・ボックス」メークアップ・セットを開発
         大英帝国第4級勲位(OBE)を授与される
  • 1969年 ホット・パンツの販売を開始
  • 2000年 マリー・クワント社のデザイン・ディレクターを辞任

 

チェルシー・ガール

マリー・クワント03マリー・クワントの髪をカットするサスーン
「20世紀ファッションの文化史」より
ISBN978-4-309-24746-5

 

マリー・クワントは、ロンドン南東部にあるゴールドスミス・カレッジに入学しました。

ここで将来の公私にわたるパートナーとなる、アレクサンダー・プランケット・グリーンと出会いました。

彼に導かれるようにマリー・クワントは、ソーホーやチェルシーの盛り場に入り浸るようになりました。

1955年にマリー・クワントとアレキサンダーは、ビジネスパートナーのアーチ・マクネアとともに「バザー」をオープンしました。

「バザー」開店当初は、問屋で服やアクセサリーを仕入れていました。

しかしすぐに店に並べる商品がなくなり、マリー・クワントは自分でデザインするようになりました。

マリー・クワントは最初、市販の型紙を自分の好みに合わせて修正することから始めました。

バザーの服は安いものではありませんでしたが、店に出すと飛ぶように売れました。

マリー・クワントのデザインは、シンプルで力強い直線的なラインを特徴にしていました。

マリー・クワントのデザインする服には、

  1. 黒やベージュ、茶色などの色彩
  2. 装飾性を切りつめたシルエット
  3. 花柄や水玉などのポップな柄
  4. 活動的な短いスカート

など1950年代のサブカルチャーやビートニクスからの影響が見られました。

マリー・クワントは、チェルシー・ガールの感性や欲望が投影されたスタイルを作り出そうとしていました。

マリー・クワントはそれを、「チェルシー・ルック」と呼んでいます。

 

ミニスカートと量産

マリー・クワント04マリー・クワント ミニ
「20世紀ファッションの文化史」より

 

マリー・クワントは1960年代に、ヴィダル・サスーンの代表的なスタイルだったボウル・ヘアカットのモデルを務めました。

そのヘアスタイルはすぐに、マリー・クワントの服とセットで語られるようになりました。

マリー・クワントは1961年に、かなり短いミニを世に出していました。

それはもともと1958年に発表したサックドレスの丈が、ミニ化していった結果でした。

マリー・クワントは1961年から、自社ブランドの卸売りを開始しました。

マリー・クワントは1963年には縫製会社スタインバーグ社とともに、ジンジャー・グループを設立しました。

そしてマリー・クワントは、より手頃な値段の既製服の生産に乗り出しました。

 

まとめ

マリー・クワント05マリー・クワント ミニ
「20世紀ファッションの文化史」より

 

マリー・クワントについて書こうと思ったとき、カラー写真も含めてたくさんの写真があると思っていました。

しかし記事を書き始めると、カラー写真は全くなく白黒写真も数えるほどしかありませんでした。

マリー・クワントは、

  • 「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」
  • 「20世紀ファッションの文化史」

では重要なファッションデザイナーとして扱われています。

しかし、マリー・クワントがデザインした服のカラー写真は載っていません。

また他のファッションデザイナーに比べて、マリー・クワントについての記述も雑でした。

マリー・クワントについて書いてあるというよりも、

  • ミニスカート論
  • オート・クチュールの衰退
  • 1950-1960年代の文化論

に文字数が割かれていました。

私は、差別であると感じました。

このことは、マリー・クワントが服を量産して価格を抑えようとしたことと関係がありそうです。

未だに価格が高い服をデザインしているファッションデザイナーは評価され、安い服をデザインしているファッションデザイナーは評価されていないという図式がありそうです。

 

マリー・クワントについては、以下も参考にしてください。