日本の民俗人形 小池千枝コレクション

小池千枝先生の民俗人形のコレクションは、今回が最終回となりました。
最後に紹介するのは、日本の民俗人形です。

 

四国の民俗人形

日本の民族人形 小池千枝先生コレクションa30四国の民俗人形
「世界の民俗人形 小池千枝コレクション」より

 

「世界の民俗人形 小池千枝コレクション」から、小池千枝先生の解説を引用しながら日本の民俗人形を紹介します。

四国の女性の作品で、あでやかな微笑は長寿の願い。
張り子の裏面に88歳とある。

「世界の民俗人形 小池千枝コレクション」p61より引用

日本の民俗衣装について、私はほとんど知りません。

古い時代の日本では、いったいどんな布が織られていたのでしょうか?

私は1991年に、「古代布」の展覧会に行ったことがあります。

ファッションデザイナーの三宅一生が、「古代布」の展覧会で公演を行なっていました。

 

アイヌの民俗人形

日本の民族人形 小池千枝先生コレクションa31アイヌの民俗人形
「世界の民俗人形 小池千枝コレクション」より

 

アイヌ衣装の素晴らしさ、後ろ姿もたくましい。
アイヌ独特の刺し子の柄、首飾りの豊かさを見る。

「世界の民俗人形 小池千枝コレクション」p60より引用

私が思いつく日本の民俗衣装は、「きもの」です。

しかしその「きもの」は、江戸時代の後期以降の「きもの」です。

または、平安時代の「十二単」を思いつくことはできます。

しかし鎌倉時代の衣装については、簡単には思い浮かべることができません。

 

琉球の民俗人形

日本の民族人形 小池千枝先生コレクションa32琉球の民俗人形
「世界の民俗人形 小池千枝コレクション」より

 

琉球の衣装文化の一端を思わせる張り子の人形。

「世界の民俗人形 小池千枝コレクション」p61より引用

「きもの」と言えば、私の祖母は「きもの」を普段着にしていました。

祖母の元に遊びに来る近所のお婆さんたちも、みんな「きもの」を着ていました。

しかし夏の暑い日は、いわゆる「洋服」を着ていました。

そして時代が昭和から平成に変わると、祖母の着ている服も「きもの」から「洋服」に変わりました。

 

東北の民俗人形

日本の民族人形 小池千枝先生コレクションa35東北の民俗人形
「世界の民俗人形 小池千枝コレクション」より

 

東北の働く人たち。

「世界の民俗人形 小池千枝コレクション」p60より引用

小池千枝先生のコレクションには、働く人の民俗人形が多くあります。

働く人が着ている服には、適度なゆとりがあります。

このゆとり感が、現代性につながっていきます。

今になって私は、小池千枝先生の審美眼に驚かされます。

 

日本の民俗人形

日本の民族人形 小池千枝先生コレクションa33東北の民俗人形
「世界の民俗人形 小池千枝コレクション」より

 

袴に靴、ひさし髮。
大正時代の人形だろうか。
手の込んだ着物を着ている。
東北のある家から出たもの。

「世界の民俗人形 小池千枝コレクション」p59より引用

日本人は、洋服を着るようになって150年が経ちました。

しかし日本人は、いまだに洋服を作るのが下手です。

150年も経っているのに、まだ「洋服」と言っていることがおかしいのです。

私は人間が着るものは、「服」と言えばいいと思っています。

 

まとめ

日本の民族人形 小池千枝先生コレクションa34日本の民俗人形
「世界の民俗人形 小池千枝コレクション」より

 

これも大正時代の人形か。
樋口一葉を思い浮かべる。
絣のきもの、柄の帯、手絡(てがら)をかけた日本髪、床几(しょうぎ)に腰掛けた人形。

「世界の民俗人形 小池千枝コレクション」p59より引用

今回が、小池千枝先生の民俗人形コレクションを紹介する最終回です。

小池千枝先生のコレクションを見ながら、

  • 思い出
  • 小池千枝先生のこと
  • 民族衣装
  • ファッション業界への不満
  • ファッションデザイナー

など自由気ままに書いてきました。

貴重な時間を、小池千枝先生にいただけたと思いました。

 

小池千枝先生の民俗人形のコレクションは、以下も参考にしてください。