小池千枝先生 第14回

1993年1月、第67回装苑賞の公開審査が終わり、私は小さなアパレルメーカーにファッションデザイナーとして就職しました。

 

小池千枝先生、勲四等瑞宝章受章

1993年に小池千枝先生は、勲四等瑞宝章を受章されました。

お祝いのパーティーが新宿の京王プラザホテルで開催され、私もお祝いにかけつけました。

大きなパーティー会場が、大勢のお客さんで埋め尽くされました。

小池千枝先生の教え子である、有名なファッションデザイナーもたくさんお祝いに来ていました。

このパーティーで、小池千枝先生のドラマが放映されることが発表されました。

私はテレビがなかったので見ることができず、とても残念でした。

 

小池千枝先生が結婚披露宴に来てくださった

小池千枝先生41 軽部征夫教授小池千枝先生と軽部征夫教授 1995年1月

 

1995年1月、小池千枝先生は私の結婚披露宴に来てくださりました。

私は、自分の礼服とウエディングドレスを、自分でデザインして、自分で制作しました。

小池千枝先生は、このことを大変喜んでくださいました。

そして小池千枝先生は、
「私は教え子の披露宴にたくさん参加させていただきました。
ウエディングドレスを作った子はたくさんいましたけれど、男子の礼服まで、2人分作った人は初めて見ました。
うれしかったです。」

と挨拶してくださいました。

小池千枝先生に喜んでいただき、私はとてもうれしかったです。

 

 1999年9月

1999年9月、私は文化服装学院の近くにあった会社で、パタンナーをしていました。

ときどき文化服装学院の購買に、定規や裁縫道具を買いに行っていました。

文化服装学院の円形校舎はなくなり、20階くらいのビルが建ってしまいました。

私は久しぶりに小池千枝先生にお会いしたいと思い、小池千枝先生に連絡しました。

小池千枝先生は、
「今は、毎日のように文化服装学院に行かなくなりました。
月に何度か行くだけです。
今度、文化服装学院で講演をするので、そのあとで会いましょう。」

と言ってくださいました。

 

小池千枝先生との再会

小池千枝先生42小池千枝先生 ドレーピングの授業
「小池千枝 ファッションの道」より
ISBN4-579-30334-2

 

久しぶりに会った小池千枝先生は、80歳を超えていましたがとても元気でした。

私を見つけると小池千枝先生は、
「元気そうね。」
とうれしそうにおっしゃいました。

小池千枝先生の講演が終わったばかりで、廊下の両脇には大勢の人が通路を作り拍手しています。

この大勢の拍手の中を、私は小池千枝先生の後をついて行きました。

文化服装学院の出口にはハイヤーが小池千枝先生を待っており、小池千枝先生と私は、そのハイヤーに乗り込みました。

大勢の人の前を歩くのは、とても恥ずかしかったです。

 

続けることが大事!

小池千枝先生は私に、
「今はどういう仕事をしているの?」
と質問されました。

私は、
「セレクトショップの製品の、パタンナーをやっています。」
(怒られるかな・・・と思いながら)と答えました。

小池千枝先生は、
「服の仕事を続けているのね。
それは良かった。
服の仕事を続けることが大切よ。」

とおっしゃってくださいました。

その日、私は小池千枝先生と何を話し、どのように帰ったのか全く覚えていません。

小池千枝先生と数年ぶりに会った、秋の夜でした。

最終回につづく・・・