小池千枝先生 第3回

小池千枝先生と出会い、4月から文化服装学院に通えるようになったはずでしたが・・・。
大学卒業間近の3月、ちょっとした手違いで文化服装学院へ通えない事態になってしましました。     

 

小池千枝先生の一言

小池千枝先生07小池千枝先生 1995年1月

 

東京理科大学の卒業式が終わったころ、私は文化服装学院に相談に行きました。

しかし、どうにもなりませんでした。

2回目に文化服装学院に行ったとき、私は学院長室の前で立ち尽くしていました。

そこに、バーバリーのトレンチコートを着た小池千枝先生がさっそうと現れました。

「あなた、4月から文化に通う子よね。」
と小池千枝先生は私に声をかけてくださいました。

「それが・・・・・。」
と私と文化服装学院の事務の方が事情を話しました。

「それは困ったわね。どうにかならないかしら・・・・・。」
と言うやいなや、小池千枝先生は学生課の部長を呼びました。

小池千枝先生は学生課の部長と話し合い、私が文化服装学院で勉強できる方法を探してくださいました。

そして意を決したように、
「軽部教授の推薦状と、あなたのデザイン画を持ってきなさい。ファッション工科専攻科に入れるようにしましょう。」
と小池千枝先生は言ってくださいました。

 

推薦状と5枚のデザイン画

小池千枝先生07 先生から頂いた絵葉書小池千枝先生からいただいた絵葉書
1995年3月20日消印

 

文化服装学院を後にした私は、すぐに目黒区駒場にある東京大学先端科学技術センターの軽部研究室へと向かいました。

軽部研究室のみなさんは、私の卒業後の進路が決まっていないをすごく心配していました。

小池千枝先生の言葉を軽部研究室の方々に伝えると、みなさんは大変喜んでくれました。

そして私を、軽部教授の元へ連れて行ってくれました。

軽部教授は、
「文化服装学院に入れることになって良かったな。すぐに推薦状を書くから少し待っていろ。」
と快く推薦状を書いてくださったのでした。

その後自宅に帰った私は、初めてデザイン画を描いてみました。

それまで私はデッサンやクロッキーの練習はしていましたが、デザイン画など一度も描いたことがありませんでした。

デザイン画に悪戦苦闘した翌日、私は軽部教授の推薦状と5枚のデザイン画を持って小池千枝先生のところへ行きました。

 

とうとう文化服装学院で学べる

小池千枝先生08 先生から頂いた絵葉書小池千枝先生からいただいた絵葉書の文章
1995年3月20日消印

 

小池千枝先生は私のデザイン画を一目見ると、
「絵はまだまだね。これくらい描ける学生はごまんといるわ。鍛え直してあげるから4月10日の8時半にここに来なさい。担任の先生には私から言っておきます。」
と私を文化服装学院ファッション工科専攻科の聴講生に迎えてくださったのでした。
 

小池千枝先生がバーバリーのトレンチコートを着て登場した後、あっという間に話が進みました。

学生課の部長まで巻き込み、翌日には全てが解決していました。

小池千枝先生の行動力の一端を、私は見た思いがしました。

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