カール・ラガーフェルド

今までカール・ラガーフェルドについては、断片しか取り上げませんでした。
私はカール・ラガーフェルドを、どう捉えて良いかわからなかったからです。

 

カール・ラガーフェルド

カール・ラガーフェルド01カール・ラガーフェルド
「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」より
ISBN978-4-7661-2374-6

 

カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)

  • 1938年 ドイツのハンブルグで生まれる(9月10日)
  • 1952年 パリに移住
         パリのオート・クチュールファッションデザイン学校に入学
  • 1954年  IWS主催のデザインコンテストのコート部門で1位を獲得
  • 1955年 ピエール・バルマンのアシスタントになる
  • 1958年 ジャン・パトゥのメゾンに移籍
  • 1963年 クロエのヘッドデザイナーに就任
         (-1978年)
  • 1965年 フェンディのデザイナーに就任
  • 1974年 自身のライン「インプレッションズ」を設立
  • 1983年 シャネルのアーティスティック・ディレクターに就任
  • 1984年 シャネルの既製服を立ち上げる
         自身のレーベル「Karl Lagerfeld」と「KL」を立ち上げる
  • 1986年 デ・ドール賞(金の指貫き賞)受賞
  • 1987年 写真家としての仕事を始める
         ドイツの衣料品メーカー「クラウス・スタイルマン」のデザイン
         (-1995年)
  • 1992年 クロエのデザイン・ディレクターに再び就任
         (-1997年)
  • 1998年 パリにギャラリーをオープン
  • 2002年 ディーゼルの創業者レンツォ・ロッソの求めでデニムのコレクションを発表
  • 2005年 自身のブランドをトミー ・ヒルフィガーに売却

 

イメージを作り上げる

カール・ラガーフェルド02服:シャネル 2007年
「100 CONTEMPORARY FASHION DESIGNERS」より
ISBN978-3-8365-5724-5

 

  • カール・ラガーフェルドによるシャネル
    PHOTOGRAPHY : KARL LAGERFELD

    STYLING : CHRISTOPHER NIQUET
    MODEL : CHAN MARSHALL
    2007年5月

カール・ラガーフェルドは、

  • 黒いサングラス
  • 白髪のポニーテール
  • 糊が効いた高い衿

に素顔を隠しています。

そしてカール・ラガーフェルドは、

  1. 自身のイメージ
  2. 服装のスタイル

を人間離れしたキャラクターとして作り上げました。

 

まぼろしになりたい

カール・ラガーフェルド03服:シャネル 2009年
「100 CONTEMPORARY FASHION DESIGNERS」より

 

  • カール・ラガーフェルドによるシャネル
    PHOTOGRAPHY : PIERRE BAILLY

    STYLING : CATHY KASTERINE
    MODEL : CONSTANCE JABLONSKI
    2009年4月

カール・ラガーフェルドは、

他人の心の中では、リアルな存在になりたくない。
まぼろしになりたいのだ。

「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」p16より引用

と語ります。

カール・ラガーフェルドは、イメージがブランドにとって重要なことをよく知っています。

 

カール・ラガーフェルドの挫折のようなこと

カール・ラガーフェルド04コレクション シャネル 2000年
「100 CONTEMPORARY FASHION DESIGNERS」より

 

  • カール・ラガーフェルドによるシャネルのコレクション
    PHOTOGRAPHY : JAMES COCHRANE AND KIM WESTON ARNOLD

    2000年10月

挫折などなさそうなイメージのカール・ラガーフェルドですが、実際はどうなのでしょうか?

ジャン・パトゥの仕事では、カール・ラガーフェルドにも挫折のようなことがあったようです。

内容が違う、この時期のエピソードが2つあります。

1つ目のエピソードは、

1960年代にはカール・ラガーフェルドのコレクションは、悪くない評価になっていました。

しかし、「いまひとつ」 という状況が続いていました。

カール・ラガーフェルドは、

ウンザリして、仕事を辞めて学校に戻ろうと思ったが上手くいかなかった。
それから2年間を、主にビーチで過ごした。
そこで人生というものを学んだと思う

と語っています。

2つ目エピソードは、

カール・ラガーフェルドは、新しい時代の流れの中でオートクチュールの存在に疑問を感じました。

カール・ラガーフェルドはイタリアに渡り、フィレンツェで美術史を学びました。

ここでカール・ラガーフェルドは、

  1. 建築的
  2. 絵画的
  3. 彫刻的

な考えを学びました。

というものです。

どちらが本当なのかはわかりませんが、カール・ラガーフェルドが悩んでいたのは事実のようです。

 

退屈は嫌い

カール・ラガーフェルド05服:シャネル 2008年
「100 CONTEMPORARY FASHION DESIGNERS」より

 

  • カール・ラガーフェルドによるシャネル
    PHOTOGRAPHY : MANUELA PAVESI

    STYLING : ANNA DELLO RUSSO
    MODEL : FRANCESCA CASELLA
    2008年9月

カール・ラガーフェルドは、イメージの不変性を理解しています。

また一方で、

  • 決まりきったこと
  • 退屈

をカール・ラガーフェルドは嫌っています。

カール・ラガーフェルドは、

  • メゾンに興味がなくなる
  • メゾンでできることの限界が見える

とそのメゾンを辞めてきました。

カール・ラガーフェルドは2005年に、自身のブランドをトミー ヒルフィガーに売却しました。

その理由は、

退屈だったから、もしくは、自身のアウトプットを限定する必要性に対する肯定の表明

「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」p18より引用

でした。

 

まとめ

カール・ラガーフェルド06服:シャネル 2001年
「100 CONTEMPORARY FASHION DESIGNERS」より

 

  • カール・ラガーフェルドによるシャネル
    PHOTOGRAPHY : ROBERT WYATT

    STYLING : LUCY EWING
    MODEL : BRIDGET HALL
    2001年3月

カール・ラガーフェルドは、もっとも成功したファッションデザイナーのひとりです。

ヨーロッパのファッションデザイナーにとっては、成功の見本のようなファッションデザイナーでしょう。

しかし日本に生まれた私にとって、カール・ラガーフェルドは成功の見本ではありませんでした。

カール・ラガーフェルドのような雇われファッションデザイナーになりたいと、私は思いませんでした。

しかし今回カール・ラガーフェルドを見て、おもしろいと思いました。

カール・ラガーフェルドは1974年に「インプレッションズ」という自分のブランドを作りましたが、資金不足のために長続きしませんでした。

第二次世界大戦後、ドイツからパリに出てきたカール・ラガーフェルドには苦労もあったかもしれません。

現在のカール・ラガーフェルドは過去を微塵も見せず、人間離れしたキャラクターでたくさんのコレクションをつくっています。

私はもう少し、カール・ラガーフェルドについて知りたくなりました。

 

カール・ラガーフェルドについては、以下も参考にしてください。