カイ・フランク

フィンランド・デザイン展を見て、カイ・フランクについてふれたいと思いました。
製品はいつも使っているのに、カイ・フランクについてはあまりよく知りませんでした。

 

カイ・フランク

カイ・フランク02カイ・フランク
「ELLE DECOR No.116 2011年10月号」より

 

カイ・フランク(Kaj Franck)

  • 1911年 ヴィーブリ(現ロシア)に生まれる(11月9日)
  • 1932年 ヘルシンキ国立美術学校で学ぶ
  • 1938年 テキスタイルデザイナーとなる
  • 1945年 アラビア社のデザイナーとなる
  • 1946年 イッタラ社のデザイナーとなる
  • 1950年 ヌータヤルヴィ社のデザイナーとなる
         アラビア社のディレクターに就任
  • 1955年 作品がニューヨークのMoMAに所蔵される
  • 1955年 ヌータヤルヴィ社のプレスガラス製品のデザインを任される
  • 1956年 米国講演旅行の帰路、来日
  • 1957年 ミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞
  • 1958年 通産省(現経済産業省)の招聘で来日
  • 1989年 ギリシア旅行中に死去(9月26日)
  • 1992年 ニューヨークのMoMAにて回顧展

 

ヨーロッパ主義への抵抗

カイ・フランク03メモ カイ・フランク
「ELLE DECOR No.116 2011年10月号」より

 

  • ”カイ・フランクの日本の旅”のメモ
    1990年に実現するはずだった日本の旅
    A6サイズの”TAKOカード”
    撮影:リンノケンジ

カイ・フランクは、1945年にアラビア社のデザイナーに就任しました。

第二次世界大戦以前のヨーロッパは、装飾的なものが良しとされる文化でした。

第二次世界大戦が終わると、カイ・フランクは一歩踏み出し「日常において本当に必要なもの」を追求し始めました。

これはカイ・フランクの、ヨーロッパ主義への抵抗でした。

 

狭いテーブル

カイ・フランク04スケッチ カイ・フランク
「ELLE DECOR No.116 2011年10月号」より

 

  • ゴブレットのイメージスケッチ
    カイ・フランク

戦後のフィンランドは、住宅難でした。

庶民の生活スペースは、極度に制限を受けていました。

そこで狭いテーブルを有効に使えるように、カイ・フランクは皿を四角にしました。

このように当時の社会事情に応える形で、1948年から「キルタ」シリーズが始まりました。

 

ディレクターとしての評価

カイ・フランク05ピッチャー カイ・フランク 1958年
「北欧デザイン手帖」より
ISBN978-4-579-21019-0

 

  • ピッチャー
    カルティオ
    カイ・フランク
    1958年
    イッタラ社製

アラビア社でカイ・フランクは、

  • 工場の生産性
  • 販売戦略

なども担う重要なポストにつきました。

カイ・フランクはデザイナーと会社との間に、

  • 友好的
  • 密接

な関係を作り上げました。

カイ・フランクはデザイナーとしてだけでなく、有能なディレクターとしても評価されていました。

 

日本への影響

カイ・フランク06 カルティオグラス カイ・フランク 1958年
「北欧デザイン手帖」より

 

  • グラス
    カルティオ
    カイ・フランク
    1958年
    前列:ヌータヤルヴィ社製
    後列:イッタラ社製

機能性を重視した革新的なカイ・フランクのビジョンは、フィンランドのデザインの概念を変えました。

そして、日本にも大きな影響をもたらしました。

1958年にカイ・フランクは、東京でデザイン講習会を開きました。

カイ・フランクは、「デザインの見えないデザイン」を目指していました。

 

デザインの原点

カイ・フランク07 キルタカップ&ソーサー カイ・フランク 1946年
「北欧デザイン手帖」より

 

  • 前:カップ&ソーサー
    後:ティーポット
    キルタ
    カイ・フランク
    1948年
    アラビア社製

カイ・フランクのデザインの原点は、彼の故郷カレリア地方の農夫が昼食にしたライ麦で作った丸型の堅いパンでした。

  1. パンをくり抜く
  2. バターを穴に詰める
  3. パン自体がバター容器になる
  4. 食べ終わったら容器ごと無くなる

これこそ、究極の「グッドデザイン」でした。

カイ・フランクは、

美しさの究極的意味は、

  • 必然性
  • 機能性
  • 有用性

にある。

日々の生活用品には作者の名前は不要である。

「ELLE DECOR No.116 2011年10月号」p36-37より引用

と言っています。

 

まとめ

カイ・フランク08 ティーマティーマ カイ・フランク 1981年
「北欧デザイン手帖」より

 

  • ティーマ
    カイ・フランク
    1981年
    イッタラ社製

カイ・フランクは週末から週初めにかけて、ヘルシンキのアラビア窯で過ごしました。

そのほかは、ヌータヤルヴィのガラス工房で仕事をしていました。

カイ・フランクは生涯を通じて、作家として突出することはありませんでした。

カイ・フランクは、

  • プロダクトデザイナー
  • 教師

として、多くの行進の育成にあたりました。

そんなカイ・フランクは、「フィンランド・デザインの良心」と称されました。

 

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