坂倉準三 Ni邸 1960年

都内を散歩していると、同じ形をした3階建の家が数軒、狭い土地に建っていることがあります。
だいたい1階は駐車場になっていて、自動車のフロントが建物の外に出ています。

この風景を見ると、私はとても悲しくなります。

そして私は、坂倉準三のNi邸を思い出します。

Ni邸のように平屋で、しかも美しい住宅を作ることはできないのでしょうか?

 

Ni邸

坂倉準三01Ni邸模型
「建築家坂倉準三 モダニズムを住む」より
ISBN978-4-904166-10-9

 

坂倉準三のNi邸を知ったきっかけは、2009年7月4日から9月27日に汐留ミュージアムで行われた「建築家坂倉準三」展でした。

このときの図録「建築家坂倉準三 モダニズムを住む/住宅、家具、デザイン」は、とてもすばらしい内容でした。

Ni邸は、1960年に兵庫県西宮市に建てられました。

Ni邸は、

  • 平屋
  • 外回りは鉄筋コンクリート造
  • 内部は木造
  • コンクリート打放し

です。

Ni邸は現存していないので、当時の写真と模型を見るしかありません。

このNi邸を見たとき私は、「住む人が、楽しい生活を送れそうな家」と思いました。

建物は、

  • 南北5.5スパン
  • 東西3スパン

のグリッドが作る升目の中に、部屋と庭を市松模様のようにはめ込んであります。

 

坂倉準三 

坂倉準三02Ni邸模型
「建築家坂倉準三 モダニズムを住む」より

 

坂倉準三

  • 1901年 岐阜県に生まれる(5月29日)
  • 1920年 第一高等学校文科入学
  • 1923年 東京帝国大学文学部入学
  • 1927年 東京帝国大学文学部美学美術史学科美術史卒業
  • 1928年 兵役に就く
  • 1929年 渡仏
         ル・コルビュジエの勧めで土木学校で建築を修学
  • 1931年 ル・コルビュジエのアトリエに入所
  • 1936年 帰国
        パリ万博の日本館建設のため再びフランスへ
  • 1939年 帰国
         結婚
  • 1943年 マニラに渡る
  • 1940年 マニラより帰国
         坂倉建築事務所設立
  • 1944年 乃木坂に分室を設ける
  • 1946年 坂倉建築事務所を坂倉準三建築研究所と改称
  • 1947年 三保建築工芸を設立
  • 1954年 東急会館完成
  • 1958年 国立西洋美術館の実施設計監理に協力
  • 1960年 Ni邸(正面のない家)
  • 1964年 日本建築家協会会長
  • 1969年 死去(9月1日)
         正五位勲三等瑞宝章受章

 

坂倉準三の建築

坂倉準三03Ni邸 中庭から居間、台所、食堂、夫人の作業場を見る
「建築家坂倉準三 モダニズムを住む」より

 

 坂倉準三はNi邸以外にも、

  • 1941年 Ih邸
  • 1943年 Ta邸
  • 1947年 Um邸画室
  • 1950年 Ka邸
  • 1951年 神奈川県立近代美術館
  • 1952年 Te邸
  • 1954年 岡本太郎のアトリエ(現・岡本太郎記念館)
  • 1957年 Ma邸
  • 1961年 出光興産高槻住宅
  • 1964年 天童木工東京支店
  • 1966年 新宿西口広場
  • 1968年 Ha邸
  • 1970年 大倉山ジャンプ競技場
  • 1971年 ホテル・パシフィック東京

などの、建築や都市計画をたくさん行いました。

また家具のデザインも行なっており、今でも天童木工などで生産されています。

 

まとめ

坂倉準三04Ni邸 パティオ
「建築家坂倉準三 モダニズムを住む」より

 

Ni邸はシンプルな構造の小住宅ですが、旧来の住宅像を越えるための工夫がなされていました。

Ni邸の夫人は、服飾デザインの仕事を家で行なっていました。

夫人の作業場を中心に、食事や団欒という日常行為と専門的な仕事の場をひとつの空間におさめました。

私は坂倉準三のNi邸を見てから、「一軒家は平屋がいい」と思うようになりました。

Ni邸はコンパクトな住宅ですが、住人の生活が見えた様な気がしました。

誰かから押し付けられた生活ではなく、住む人が自分の生活を具現化したのがNi邸です。

Ni邸の模型を見ながら生活を想像すると、とても楽しくなります。