女王のドレスメーカー ジョン・レドファン

19世紀末から20世紀の初頭に活躍した、ファッションデザイナー。
今回は、ジョン・レドファンを取り上げます。

 

ジョン・レドファン

アール・ヌーヴォ・スタイル03 ジョン・レドファンイヴニング・ドレス ジョン・レドファン 1900年ころ
「文化学園服飾博物館コレクション ヨーロピアン・モード」より

 

  • イヴニング・ドレス
    ジョン・レドファン

    1900年ころ
    この時代に流行した白いドレス
    薄地の綿やレース
    さまざまな透ける素材を用い、はかなげな雰囲気を出している

ジョン・レドファン(John Redfern)について、詳しいことはわかりません。

ジョン・レドファンについては、いくつかの説があります。

ジョン・レドファンについての説を、以下に紹介します。

 

「文化学園服飾博物館コレクション ヨーロピアン・モード」の説

「文化学園服飾博物館コレクション ヨーロピアン・モード」には、

  • 生没年不詳
  • 1881年 ロンドンよりパリへ進出
  • 1888年 ヴィクトリア女王のドレスメーカーに任命される

と、あります。

 

「FASHION A History from the 18th to the 20th Century」の説

「FASHION A History from the 18th to the 20th Century」には、

  • 1820年  イギリスに生まれる
  • 1850年代 ワイト島に生地屋を開店
  • 1881年  ロンドンとパリにメゾンを開設
  • 1888年  ヴィクトリア女王のドレスメーカーに任命される
  • 1895年  死去
  • 1916年  赤十字社の女性用制服を受注

ジョン・レドファンのメゾンは、「1850年代から1920年代に存続」とあります。

 

「1820年生まれ」説

インターネット上にはジョン・レドファンの生年月日が、2説ありました。

「FASHION A History from the 18th to the 20th Century」と同じ1820年生まれの説では、以下のような略歴になります。

  • 1820年 イギリスに生まれる(11月11日)
  • 1855年 仕立て屋としてスタート
  • 1881年 息子の手助けにより、ロンドンとパリにメゾンを開設
  • 1895年 死去(11月22日)

ジョン・レドファンの息子は、

  • アーネスト・レドファン
    (Ernest Redfern)
  • チャールズ・ポイナー・レドファン
    (Charles Poynter Redfern)
    (1853-1929)

の2人です。

 

「1853年生まれ説」

  • 1853年 イギリスのチャールズ・ポンター生まれ
  • 1881年 ロンドンとパリにメゾンを開設
  • 1888年 ヴィクトリア女王のドレスメーカーに任命される
  • 1916年 赤十字社の女性用制服を受注
  • 1920年 メゾンを閉鎖
  • 1929年 死去

以上からジョン・レドファンについては、

イギリス人

  • 1881年 パリにメゾンを開設
  • 1888年 ヴィクトリア女王のドレスメーカーに任命される

この点は確かな情報のようです。

 

テイラード・スーツ

ジョン・レドファン02デイ・スーツ ジョン・レドファン 1915年
「FASHION A History from the 18th to the 20th Century」より
ISBN978-3-8365-5719-1

 

  • デイ・スーツ
    ジョン・レドファン
    1915年
    緑の絹ポンジーのジャケットとスカートのツーピース

    ライニングと衿は絹羽二重に草花柄にプリント
    スカート前後にプリーツ

ジョン・レドファンは、

  • テイラード・スーツ
  • スポーツウェア

で人気がありました。

ジョン・レドファンのアール・ヌーヴァー・スタイルのイブニング・ドレスは、繊細ではかなげな作風です。

イギリス出身のジョン・レドファンですが、

  • はかなげなイブニング・ドレス
  • テイラード・スーツ

と両方が得意なことに驚きを感じます。

ジョン・レドファンの服の写真は、2枚しか私の手元にありませんでした。

略歴も、はっきりしたことがわかりません。

ジョン・レドファンは謎に包まれたファッションデザイナーですが、研究者の皆さんに謎を解明してほしいものです。