ジョン・ガリアーノ

今回は、ファッションデザイナーのジョン・ガリアーノを取り上げます。
イメージが先行して、本当のジョン・ガリアーノを知らなかった感じです。

 

ジョン・ガリアーノ

ジョン・ガリアーノ01ジョン・ガリアーノ
「ヴィジョナリーズ ファッション・デザイナーたちの哲学」より
ISBN978-4-86020-148-7

 

  • ジョン・ガリアーノ
    PORTRAIT : CHRIS MOORE

ジョン・ガリアーノ(John Galliano)

  • 1960年 ジブラルタルに生まれる(11月28日)
  • 1966年 ロンドンに移住
  • 1976年 シティ・アンド・イーストロンドン・カレッジで学ぶ
  • 1984年 セントラル・セント・マーチンズを卒業
  • 1985年 ロンドンコレクションでデビュー
  • 1989年 パリ・オートクチュール協会の招待でA/Wコレクションを発表
  • 1990年 資金難により破産
  • 1991年 パリ・コレクションの正式メンバーに加入
  • 1993年 春夏コレクションを資金難のため見送る
  • 1995年 ジバンシィのデザイナーに抜擢さる
         2シーズン務める
  • 1996年 クリスチャン・ディオールのデザイナーに就任
  • 1997年 オートクチュール・コレクションにデビュー
  • 2007年 セカンドラインである「Galliano」を発表
  • 2009年 レジオンドヌール勲章に叙される
         (後に剥奪)
  • 2011年 3月1日にクリスチャン・ディオールから解雇
         その後「John Galliano」のデザイナーも解任
  • 2014年 「マルタン・マルジェラ」のクリエイティブ・ディレクターに就任

 

セントラル・セント・マーチンズ在学中

ジョン・ガリアーノ02ドレス クリスチャン・ディオール 2006年
「100 CONTEMPORARY FASHION DESIGNERS」より

ISBN978-3-8365-5724-5

 

  • PHOTOGRAPHY : ALICE HAWKINS
    STYLING : FRANCESCA BURNS
    MODEL : BETH DITTO
    2006年10月

ジョン・ガリアーノはセントラル・セント・マーチンズ在学中に、ロンドンの国立劇場でアルバイトをしていました。

ジョン・ガリアーノは、

布地の新しい裁断技術

パーツの縫製技術

を生みだすための研究をしました。

また本人の談によると、いつも図書館に行ってずっとスケッチをしていました。

ジョン・ガリアーノは、

大学在学中から、私はさまざまなアイディアを考案しては試し、ファッションに対する考え方をつねに進化させてきた。
裁断技術をあれこれと研究することで、昔のジャケットの縫製方法や、今日にふさわしい縫製方法について理解を深めることができた。
そうして出来上がったものを一度解体して、組み立て直すことで、未来につながるデザインを生みだすことができたのだ。
ジャケットはこのように裁断するべきだ、という常識にとらわれて思考停止に陥ってしまうのは無意味なことだ。

「もっとも影響力のある50人のファッションデザイナー」p154-156より引用
ISBN978-4-7661-2374-6

と言っています。

 

卒業制作

ジョン・ガリアーノ03ドレス クリスチャン・ディオール 2008年
「100 CONTEMPORARY FASHION DESIGNERS」より

 

  • PHOTOGRAPHY : PIERAL BAILLY
    STYLING : CATHY KASTERINE
    MODEL : MEGHAN COLLISON
    2008年3月

セントラル・セント・マーチンズの卒業コレクションにジョン・ガリアーノは、「アフガニスタンとヨーロッパの理想」を発表しました。

このコレクションは、ファッション界にとって世紀の瞬間となりました。

ジョン・ガリアーノはこのコレクションでジャケットを、

  • 逆さま
  • 裏返し

に着ました。

ブラウンズのオーナーのジョーン・バースタインは、ショップのウィンドウを任せることに決めました。

ジョン・ガリアーノは、準備ができていなくてもスポットライトが当たってしまいました。

ジョン・ガリアーノは、以下のように述懐します。

それは、もうひどいプレッシャーでしたよ。
みんなの見ている前で自分が成長して見せなくてはならないんですから。
みんなの前で、自分をだましながらものを作り上げていかなければならないんです。
それは今でも変わりません。
でもそれが何だ、って。
人間だし、これも成長の一部なんだ、ってね。

「ヴィジョナリーズ ファッション・デザイナーたちの哲学」p190より引用

 

パリへ

ジョン・ガリアーノ04ドレス メゾン・マルジェラ 2015年
「100 CONTEMPORARY FASHION DESIGNERS」より

 

  • PHOTOGRAPHY : MITCHELL SAMS
    MODEL : MAGDALENA JASEK
    2015年春夏

ジョン・ガリアーノは卒業してからの数年間に、支援者が手を引くという事態を2回経験しました。

1990年代の初頭、ジョン・ガリアーノはイギリスでファッションビジネスを続けていく難しさを痛感しました。

そして、パリにその拠点を移しました。

ジョン・ガリアーノはお金がなかったため、友人の家で寝泊まりしていました。

断られながらも何度も頭を下げて回り、初コレクションの資金を工面しました。

1993年にアナ・ウィンターの助けにより、ジョン・ガリアーノは新たなスポンサーを獲得しました。

 

モダンということ

ジョン・ガリアーノ05ドレス クリスチャン・ディオール 2007年
「100 CONTEMPORARY FASHION DESIGNERS」より

 

  • PHOTOGRAPHY : ZANNA
    MODEL : MARIYA MARKINA
    2007年10月

1990年代の後半、
「ジョン・ガリアーノが作り出す服がもはやモダンではない。」
と批判されていました。

この批判に対してジョン・ガリアーノは、

何をもって「モダン」というのでしょうか?
私は、自分のしていることがモダンだと思っていますし、皆さんがそう思ってくださればそれがモダンなのでしょう?
この言葉自体が使い古されてしまった感じがします。
多くの人が考える「モダン」とはどういうものでしょう?
グッチですか?
プラダですか?
それは彼らの解釈する「モダン」でしょう?
しかし、それらも歴史に基づいたものなんですよ。

私が初めてバイアスカットをしたとき、そう、人々は「これはヴィンテージだ」って言ったんですよ。
このバイアスカットは、弾力性の最もモダンなかたちなんです。
布をななめに切る、そうすると合成繊維を混ぜなくても伸縮性が生まれます。

「ヴィジョナリーズ ファッション・デザイナーたちの哲学」p188より引用

と答えています。

 

まとめ

ジョン・ガリアーノ06ドレス クリスチャン・ディオール 2001年
「100 CONTEMPORARY FASHION DESIGNERS」より

 

  • PHOTOGRAPHY : ELLEN VON UNWERTH
    STYLING : PATTI WILSON
    MODEL : LINA
    2001年6月

1980年代の終わりに私は、壊れた傘のようなコートを見ました。

ジョン・ガリアーノが作った、コートでした。

私は、「ロンドンで一番才能があるファッションデザイナー。」だと思いました。

それからしばらく、ジョン・ガリアーノの姿を見なくなりました。

ファッションデザイナーは長期的な財政状態を支えなければ、コレクションを発表することができません。

「ヴィジョナリーズ ファッション・デザイナーたちの哲学」によると、イギリスには若手デザイナーを支援する基盤がないそうです。

日本にも、その基盤はありません。

しかしジョン・ガリアーノの過去を振り返ると、勇気のようなものも湧いてきます。

ジョン・ガリアーノについては、以下も参考にしてください。

 

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