日本製テキスタイルのドレス

以前、「西洋製のテキスタイルにあらわれた日本文様」を紹介しました。
今回は、ほぼ同時期に日本製のテキスタイルで作られたドレスを紹介します。

 

小袖のリメイク

日本製テキスタイルのドレス02 ターナーデイ・ドレス ターナー 1872年ころ
「ファッションとアート 麗しき東西交流展」図録より
ISBN978-4-89737-894-7

 

  • デイ・ドレス
    ターナー
    (イギリス)
    1872年ころ
    白紗綾形紋綸子地(しろさやがたもんりんずじ)に藤、菊、牡丹、唐団扇柄(からうちわがら)を絹糸と金糸の刺繍と型絞りで全面に装飾
    ボディスとオーバースカートのみ現存
    ボディスのくるみボタンは、巴文風

日本の開国以来、多様な日本の品々が西洋に紹介されました。

なかでも華麗で多様な、日本の染織品は人々を魅了しました。

綸子地(りんずじ)に四季折々の花などを全体に散らした、江戸時代後期の武家階級の小袖や小袖地を、

  • コート
  • ドレス

に仕立て直し、女性たちは当時流行の服として着ました。

このドレスは、日本の小袖(江戸時代のきものの総称)からロンドンで仕立て直されました。

ボディスとオーバースカートは、小袖ほぼ一反分で再構成されています。

生地には、小袖の縫い線の痕跡が見られます。

アンダースカートは、多くの場合別布で作られました。

このドレスも当初から、アンダースカートは別布のものが組み合わされていたと考えられます。

 

竹に雀の楊柳

日本製テキスタイルのドレス03 ジャック・ドゥーセテキスタイル(部分)
「ファッションとアート 麗しき東西交流展」図録より

 

  • テキスタイル
    アイボリーの楊柳
    竹は刷り友禅、雀は豆描友禅で表現されている

竹に雀という、日本的な文様が表現されています。

竹と雀の組み合わせは、日本の美術工芸品やきものにしばしば登場する文様です。

この生地は、軽やかな日本製の楊柳です。

通常のきもの地の幅より広い、「広幅」と呼ばれる生地です。

1867年のパリ万博後1880年代にジャポニスムの高まりを背景に、きものやきもの地が転用されたドレスやコートが見られるようになりました。

生糸に続き日本製絹織物の輸出は、1887(明治20)年ころから急増しました。

この生地は、

  • 竹:刷り友禅(プリント)
  • 雀:豆描友禅(豆汁〈ごじる〉入りの染料を使用した手書き)

で表現されています。

 

竹に雀の楊柳のデイ・ドレス

日本製テキスタイルのドレス04 ジャック・ドゥーセデイ・ドレス ジャック・ドゥーセ 1890年ころ
「ファッションとアート 麗しき東西交流展」図録より

 

  • デイ・ドレス
    ジャック・ドゥーセ
    (フランス)
    1890年ころ
    アイボリーの楊柳のツーピース・ドレス
    絹シフォンのフィシュー付き
    パフ・スリーブ
    袖口に絹シフォンのフリル

このドレスをデザインしたジャック・ドゥーセは、美術に対する造形が深いクチュリエでした。

ジャック・ドゥーセは、当時流行したジャポニスムにも敏感でした。

ジャック・ドゥーセは、18世紀の美術品の収集家でした。

また日本の、

  • 陶器
  • 漆工芸品

などのコレクターとしても知られていました。

まだ評価の定まっていなかったパブロ・ピカソの「アヴィニヨンの娘たち(1907年)」など、新しい時代の絵画も収集していました。

 

赤の絹紋織

日本製テキスタイルのドレス05 ジャック・ドゥーセテキスタイル(部分)
「ファッションとアート 麗しき東西交流展」図録より

 

  • テキスタイル
    縦縞と波状模様の赤の絹紋織

複雑な紋織は、光の具合でモアレの波紋のように柄が浮かび上がります。

波紋は、

のようでもあります。

この生地は、日本の紋織である綸子かもしれません。

当時オートクチュールの服には流行の立体的なフォルムを描き出すため、リヨン製を主とする張りのある絹地が使われました。

しかしジャック・ドゥーセは、それとは極めて趣が異なるしなやかな薄手の生地を使っています。

 

赤の絹紋織のデイ・ドレス

日本製テキスタイルのドレス06 ジャック・ドゥーセデイ・ドレス ジャック・ドゥーセ 1893年ころ
「ファッションとアート 麗しき東西交流展」図録より

 

  • デイ・ドレス
    ジャック・ドゥーセ
    (フランス)
    1893年ころ
    ツーピース・ドレス
    レッグ・オブ・マトン袖
    衿元に朱色の絹サテンのリボン装飾
    共布による幅広のベルト
    スカートの裾にはギャザーを寄せた共布と、絹サテンのリボンによる装飾

大きく膨らむ袖、極端に後部にボリュームを置いた前時代のスカートは自然な広がりをみせています。

ドゥーセ店は、祖父の代からパリの服飾品店でした。

ジャック・ドゥーセが参画し始めた1870年代に、オートクチュールを手がけ始めました。

1890年代には、上流階級の女性たちを顧客としてパリを代表するメゾンへと成長しました。

ジャック・ドゥーセのメゾンから出た、

はさらに積極的に日本やきものから得た発想を自らの作品に反映させました。

 

ジャポニスムについては、以下も参考にしてください。

 

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