イタリア未来派とファッション

20世紀の初めには、世界各地で前衛的な芸術運動が起こりました。
今回はイタリアにおこった未来派と、ファッションの関係を見ていきます。

 

未来派

イタリア未来派02 タイアートエルネスト・タヤート(Ernesto Thayaht) 1922年
「100 years of Fashion Illustration」より
ISBN978-1-85669-462-9

 

  • エルネスト・タヤート(Ernesto Thayaht)
    「L’Essayage à Paris」
    マドレーヌ・ヴィオネ、空の旅の衣服
    ”ガゼット・デュ・ボン・トン” 1922年5月号
    ステンシル・プリント

1909年にイタリアの詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティは、パリの新聞『ル・フィガロ』に「未来派宣言」を発表しました。

このことに端を発してトリノで、

  • ウンベルト・ボッチョーニ
  • カルロ・カッラ
  • ジャコモ・バッラ
  • ジーノ・セヴェリーニ

らによる、未来派(フチェリスモ)と呼ばれる運動が起こりました。

未来派の主張は、

  1. それまでの伝統主義の清算
  2. 新しい時代の生活様式と表現を求める
  3. 機械と速度に対する賛美

でした。

 

未来派の活動

イタリア未来派03 タイアートエルネスト・タヤート(Ernesto Thayaht) 1922年
「ファッションの世紀」より

 

  • エルネスト・タヤート(Ernesto Thayaht)
    マドレーヌ・ヴィオネのために描いたニットのケープ
    1922年

未来派運動は芸術だけにとどまらず、イタリア社会全体を根本的に革新することを表明しました。

未来派の活動は、

  1. 建築
  2. 文学
  3. 音楽
  4. 演劇
  5. 服飾のデザイン

にまでに及びました。

未来派運動は、ダダを始めとするその後の20世紀芸術を揺るがし、大きな影響を与える重要な前衛的芸術でした。

 

エルネスト・タヤート

イタリア未来派04 タイアートエルネスト・タヤート(Ernesto Thayaht) 1922年
「FASHION A History from the 18th to the 20th Century」より
ISBN978-3-8365-5719-1

 

  • エルネスト・タヤート(Ernesto Thayaht)
    ”ガゼット・デュ・ボン・トン”
    1922年

エルネスト・タヤート

  • 1893年 イタリアのフィレンツェに生まれる(8月21日)
  • 1919年 マドレーヌ・ヴィオネと協働を始める
         (-1925年)
         「TuTa」ユニバーサル・ドレスのデザインを始める
  • 1920年 「TuTa」のパターンを新聞に発表
  • 1959年 死去(4月29日)

エルネスト・タヤートは、未来派の作家として活動していました。

エルネスト・タヤートは、ユニバーサル・ドレスというアイデアをファッションに持ち込みました。

ユニバース・ドレスとは、「誰でもいつでも着用可能な服」というアイデアでした。

 

エルネスト・タヤートとマドレーヌ・ヴィオネ

イタリア未来派05 マドレーヌ・ヴィオネイブニング・ケープ マドレーヌ・ヴィオネ 1923年ころ
「FASHION A History from the 18th to the 20th Century」より

 

  • イブニング・ケープ
    マドレーヌ・ヴィオネ
    1923年ころ
    濃茶のベルベット
    フード付き
    裏地は赤と茶のラメ
    2本のレーヨン・タッセル

エルネスト・タヤートは、

  • 未来派
  • キュビスム

の手法を応用してマドレーヌ・ヴィオネの衣装を描きました。

マドレーヌ・ヴィオネは、エルネスト・タヤートの影響を受けたドレスデザインを具体化しました。

 

ジャコモ・バッラ

イタリア未来派08 ジャコモ・バッラ「ドレスのスケッチ」 ジャコモ・バッラ 1930年ころ
「ファッションの世紀」より

 

  • 「ドレスのスケッチ」
    ジャコモ・バッラ

    1930年ころ

ジャコモ・バッラ

  • 1871年 イタリアのトリノに生まれる(7月18日)
  • 1900年 パリに旅行して、影響を受ける
  • 1910年 「未来派絵画技術宣言」に署名
  • 1915年 フォルトゥナート・デペーロとともに、「宇宙の未来派主義的再構成」に署名
  • 1958年 死去(3月1日)

ジャコモ・バッラは、

  1. ダイナミズムの分析
  2. 連続運動と速度の探求

を作品にしました。

ジャコモ・バッラは「反中立的服装宣言」を提唱し、服飾のデザインにも踏み込んでいきました。

 

まとめ

イタリア未来派06 メンズベストメンズベスト 作者不詳 1925年ころ
「FASHION A History from the 18th to the 20th Century」より

 

  • メンズベスト
    作者不詳
    イタリア
    1925年ころ
    キャンバス地に多色の毛糸刺繍

イタリアでは、ファシズムの台頭が始まりました。

1930年代の未来派の作家の多くは、ファシスト政権の支持者でした。

第二次世界大戦後、美術家たちは再び美術のあり方を根本から問い直そうとしました。

1960年代、ニューヨークのポップアートの勢いは世界中を席捲しました。

ポップアートが1964年のヴェネツィア・ビエンナーレでアメリカ館に展示されると、イタリアの芸術家たちも無関心ではいられませんでした。

そしてのちに、「アルテ・ポーヴェラ」と呼ばれる芸術運動に広がりました。
(ポーヴェラはイタリア語で貧しい、簡素なという意味)

アルテ・ポーヴェラは、戦後のイタリア芸術の最も重要な運動と位置づけられることになります。

 

参考文献

  • ファッションの世紀
    深井晃子署
    平凡社
    ISBN4-582-62034-5

20世紀のアートとファッションの関係は、以下も参考にしてください。