剣持勇のデザイン

剣持勇は、日本の重要なデザイナーです。
京王プラザホテルからヤクルトの容器まで、剣持勇のデザインを集めました。

 

剣持勇

剣持勇02剣持勇
「天童木工のカタログ」より

 

剣持勇

  • 1912年 東京淀橋に生まれる(1月2日)
  • 1929年 東京高等工芸学校木材工芸科入学
  • 1932年 商工省工芸指導所(仙台)入所
  • 1933年 新建築工芸学院の夏期講習会に渡辺力とともに参加
         ブルーノ・タウト工芸指導所へ
  • 1934年 豊口克平らと「雪を媒体とする座姿における人体曲面の実験」を行う
  • 1937年 結婚
  • 1946年 工芸指導所東北支所(仙台)木工課長
         ティペンデントハウスに関わる
  • 1952年 調査研究のため渡米
         産業工芸試験所意匠部長
  • 1953年 第3回アスペン世界デザイン会議に日本代表として出席
         アメリカ工業デザイン研究に出張
         日本デザインコミッティ会員になる
  • 1955年 産業工芸試験所辞職
         剣持デザイン研究所、リビングアート設立
  • 1956年 日本室内設計家協会(現・日本インテリアデザイナー協会)の設立に協力
  • 1958年 ブリュッセル万博日本館インテリア担当
         ゴールドメダル受賞
  • 1959年 日本室内設計家協会理事
         多摩美術大学講師
  • 1960年 天童木工20周年記念展ディスプレー
  • 1963年 第9回毎日産業デザイン賞受賞
  • 1964年 多摩美術大学教授
         ラウンジチェアがMoMAコレクションに選定される
  • 1965年 東京大学講師
  • 1970年 第15回毎日産業デザイン賞受賞
  • 1971年 日本インテリアデザイナー協会賞受賞
         死去(6月3日)

 

剣持勇とブルーノ・タウト

剣持勇03 スタッキングスツールスタッキングスツール 剣持勇 1958年
「美しい椅子2 にっぽんオリジナルのデザイン力」より
ISBN4-7779-9956-8

 

  • スタッキングスツール
    剣持勇
    1958年
    2DKに暮らす4人家族をテーマにデザイン
    ブナ+ビニール
    W400×D360×SH440mm
    秋田木工

剣持勇は、1932年に工芸指導所に入所しました。

工芸指導所は、日本初の国立デザイン指導機関でした。

剣持勇は1933年に工芸指導所で、ブルーノ・タウトに出会いました。

ブルーノ・タウトに出会って以来、剣持勇の研究や勉学に対する姿勢は激しいものに変わりました。

剣持勇はブルーノ・タウトから、「椅子の規範原型の研究」の指導を受けました。

ブルーノ・タウトから工芸に対する痛烈な批判を聞いた剣持勇は、自分がやるべき方向性を見つけました。

 

剣持勇とチャールズ・イームズ

剣持勇04 ラウンジチェアラウンジチェア 剣持勇 1960年
「美しい椅子2 にっぽんオリジナルのデザイン力」より

 

  • ラウンジチェア
    剣持勇
    1960年
    ホテルニュージャパンのラウンジに使われた椅子
    ラタン(籐)+クッション(アクリル70%・ウール30%)
    W900×D885×H725、SH380mm
    山中ラタン製作所(現在はワイ・エム・ケー長岡)

1952年の半年間、剣持勇は日本のデザイナーとして始めてアメリカに視察に訪れました。

イサム・ノグチの紹介状を手に、剣持勇は勢力的に見聞を広めました。

特に剣持勇は、チャールズ・イームズと出会って強い影響を受けました。

アメリカ人としての土の匂いをしっかり持っているチャールズ・イームズに、剣持勇は感心しました。

 

剣持勇と天童木工

剣持勇05 柏戸チェア柏戸チェア 剣持勇 1961年
「美しい椅子2 にっぽんオリジナルのデザイン力」より

 

  • 柏戸チェア
    剣持勇
    1961年
    ホテル熱海ガーデンのためにデザインされた
    山形出身の横綱柏戸に贈呈したことからこの名になった
    杉材
    W850×D770×H630、SH330mm
    天童木工

剣持勇と天童木工の出会いは、戦前にさかのぼります。

剣持勇が在籍していた工芸指導所に、乾三郎が入所しました。

乾三郎はその後、天童木工に入社します。

この

  • デザインの剣持勇
  • 成形技術の乾三郎

の出会いが、剣持勇と天童木工との連携につながっていきます。

剣持勇から成形合板技術の指導を受け、天童木工が剣持勇の数々の名作を形にしました。

 

剣持デザイン研究所を設立

剣持勇06 ディナーセット「ササ」ディナーセット「ササ」 剣持勇 1963年
「美しい椅子2 にっぽんオリジナルのデザイン力」より

 

  • ディナーセット「ササ」
    剣持勇
    1963年
    佐藤商事

剣持勇がデザイナーとして独立した1955年は、

  • 貧しさから脱し
  • 明るい見通しのある
  • 右肩上がり

の時代でした。

剣持勇は建築家やメーカーからの依頼を受けて、次々と家具やインテリアを手がけました。

 

リビングアーツ

剣持勇07 座卓座卓 剣持勇 1968年
「天童木工のカタログ」より

 

  • 座卓
    剣持勇
    1968年
    特徴的な脚部
    天板の縁の細かなディテールにも注目
    ブラジリアンローズ
    W1400×D1000×H335mm
    天童木工

剣持勇は協力者を得て、東京の青山通りに2階建てのビルを確保しました。

剣持勇は、ビルの

  • 2階に事務所
  • 1階に「リビングアーツ」というショップ

をひらきました。

「リビングアーツ」の店内には剣持勇が選んだ、

  • 陶磁器
  • 照明器具
  • アート

などが飾られていました。

 

統括顧問の仕事

剣持勇08 ヤクルトヤクルト容器 剣持勇 1968年
「美しい椅子2 にっぽんオリジナルのデザイン力」より

 

  • ヤクルト容器
    剣持勇
    1968年
    プラスチック
    ヤクルト

剣持勇には、他のデザイナーとちょっと違った点がありました。

それは、大勢の人間を引き連れてチームでことにあたるという才能でした。

そのいい例が、京王プラザホテルの統括顧問の仕事でした。

剣持勇は京王プラザホテルの仕事に、

  • ガラス
  • 陶器
  • 金属
  • テキスタイル
  • 日本画
  • 洋画
  • 彫刻

といった人たちまで巻き込みました。

 

まとめ

剣持勇09 京王プラザホテル京王プラザホテルインペリアルスイート 剣持勇 1971年
「pen No.256 2009年11月15日号」より

 

  • 京王プラザホテルインペリアルスイート
    剣持勇
    1971年

剣持勇のデザインには、柳宗理とは違ったシャープさがあります。

私は、剣持勇がデザインした「ササ」(ディナーセット)を使っています。

ササの柄尻は、とてもエッジが効いています。

剣持勇は、ショーマンシップが旺盛でした。

そのため剣持勇は、「キザな奴」と思われたこともありました。

剣持勇がデザインした製品からも、「キザ」な匂いを感じることがあります。

その辺で剣持勇のデザインは、好き嫌いが分かれそうです。

しかし私はその「キザ」な部分も含めて、剣持勇のデザインはカッコいいと思うのです。