椅子の巨匠 ハンス・J・ウェグナー

デンマークのデザイナーの第3回目は、ハンス・J・ウェグナーです。
ハンス・J・ウェグナーの代表作はたくさんあり、どれを取り上げようか迷ってしまいました。

 

ハンス・J・ウェグナー

ハンス・J・ウェグナー02ハンス・J・ウェグナー
「北欧インテリア図鑑 ELLE DECOR NO.139 2015年 8月号別冊付録」より

 

ハンス・J・ウェグナー(Hans J. Wegner)

  • 1914年 デンマークのユトランド半島トゥナーに生まれる(4月2日)
  • 1927年 木工マイスター、H・F・スタルベルクの徒弟となる
  • 1931年 木工マイスターの資格を得る
         スタルベルクの工場で働く
  • 1934年 コペンハーゲンで兵役につく
         兵役解除後コペンハーゲン工業学校家具技術コース入学
  • 1937年 コペンハーゲン王立芸術アカデミー家具科入学
  • 1939年 オーフスのエリック・ムラーとフレミング・ラッセンの共同事務所に勤務
  • 1940年 インゲと結婚
  • 1941年 アルネ・ヤコブセンとエリック・ムラーの共同事務所に勤務
         家具マイスター、ヨハネス・ハンセンと知り合う
  • 1943年 独立し、オーフスにデザイン事務所を設立
  • 1946年 コペンハーゲンでバレ・スゥエンソンと共同事務所を設立
         デンマーク王立芸術アカデミーで教師を務める(-1953年)
  • 1948年 再度独立
         コペンハーゲン・ゲントラに、自分の事務所を設立
  • 1951年 第1回ルニング賞を受賞
         ミラノトリエンナーレ、グランプリを受賞
  • 1956年 エカースベア賞受賞
  • 1965年 コペンハーゲン北郊ゲントフテに自宅を設計建築
  • 1967年 国際デザイン賞(アメリカ・インテリアデザイン協会)受賞
  • 1984年 デンマーク女王よりナイトの称号を賜る
  • 1987年 1987年度デンマーク・デザインカウンシル賞受賞
  • 1995年 トゥナーにウェグナー美術館開館
  • 1998年 日本国際デザイン賞受賞
  • 2007年 死去(1月26日)

 

マイスターの資格

ハンス・J・ウェグナー03 チャイナチェアチャイナチェア ハンス・J・ウェグナー 1943年
「別冊家庭画報 北欧インテリア」より
ISBN978-4-418-09101-0

 

  • チャイナチェア(4283)
    ハンス・J・ウェグナー
    1943年
    中国・明朝の椅子、クワン・イに着想
    座枠の彫りなどに伝統的造形を再現
    チェリー材(他にブラックアッシュ材がある)
    W570×D550×H820、SH450mm
    フリッツ・ハンセン社

ハンス・J・ウェグナーは家具職人になるために、13歳で近所の木工所に弟子入りしました。

ウェグナーの家具づくりの基礎となる、

  • 構造
  • 材質

の知識はここで培われました。

17歳になったとき、ウェグナーは木工マイスターの資格を得ていました。

 

コペンハーゲンへ

ハンス・J・ウェグナー04 ピーコックチェアピーコックチェア ハンス・J・ウェグナー 1947年
「美しい椅子 北欧4人の名匠のデザイン」より
ISBN978-4-87099-983-1

 

  • ピーコックチェア(PP-550)
    ハンス・J・ウェグナー
    1947年
    ウィンザーチェアのリデザイン

    スピンドルの形状から「アローチェア」とも言われる
    アッシュ材、アームはチーク材
    W760×D760×H1030、SH360mm
    PPモブラー社

20歳になったウェグナーは、兵役でコペンハーゲンに出ました。

兵役後もコペンハーゲンに残ったウェグナーは、コペンハーゲン工業学校でデザインの勉強を始めました。

王立芸術アカデミーに在学中に、ウェグナーはボーエ・モーエンセンと出会いました。

ボーエ・モーエンセンとの出会いは、ウェグナーにとってコペンハーゲンに出たこと以上に大きな転機となりました。

 

アルネ・ヤコブセンの事務所

ハンス・J・ウェグナー05 フィールディングチェアフォールディングチェア ハンス・J・ウェグナー 1949年
「別冊家庭画報 北欧インテリア」より

 

  • フォールディングチェア(PP-512)
    ハンス・J・ウェグナー
    1949年
    ギルト展に出品された椅子
    畳んで持ち運びやすいように持ち手が付いている
    オーク、籐張り
    W610×D740×H750、SH390mm
    PPモブラー社

ハンス・J・ウェグナーは1941年に、アルネ・ヤコブセンの事務所に勤務し始めました。

ウェグナーはオーフス市庁舎の設計に携わり、

  • 議会の椅子
  • 婚姻届を受け付ける華麗な部屋に置かれたスポークチェア

などを手がけました。

このときヤコブセンと市の支配階級の間には、ひどい確執が生まれました。

そして打ち合わせのたびに、大激論が交わされました。

 

トラブルの芽を摘む

ハンス・J・ウェグナー06 YチェアYチェア ハンス・J・ウェグナー 1950年
「北欧デザイン手帖」より
ISBN978-4-579-21019-0

 

  • Yチェア(CH24)
    ハンス・J・ウェグナー
    1950年
    曲木、形成合板、コピングマシンという3種類の工業技術を導入
    オーク、ペーパーコード
    (他にも部材の種類や仕上げも多彩)
    W550×D730×H520、SH420mm
    カール・ハンセン&サン社

その後独立したハンス・J・ウェグナーが依頼者である工房と、確執を生むような激論を交わしたという話を聞いたことはありません。

ウェグナーは家具工房の技術力を徹底的に調べ、依頼先の工房にあった椅子を設計しました。

ウェグナーは、事前に工房とのトラブルの芽を摘んでいたのでした。

またウェグナーは世界的な家具デザインの巨匠ですが、謙虚で丁寧に質問に答えてくれる人だったようです。

 

ボーエ・モーエンセンとの友情

ハンス・J・ウェグナー07 フラッグハリヤードチェアフラッグハリヤードチェア ハンス・J・ウェグナー 1950年
「別冊家庭画報 北欧インテリア」より

 

  • フラッグハリヤードチェア(PP-225)
    ハンス・J・ウェグナー
    1950年
    ヨットの旗を張るためのロープ(フラッグハリヤード)を座面に用いた椅子
    スチールパイプに1本のロープを巻き付け、スチール感を緩和
    スチール、ロープ、ムートン、レザー
    W1040×D1150×H800、SH380mm
    PPモブラー社

ハンス・J・ウェグナーが独立したころ、多くの仕事が舞い込んだわけではありませんでした。

当初は、妻のインゲの協力を得ながら暮らさざるを得ない時期もありました。

このころウェグナーはモーエンセンの息子ペーターの誕生祝いに、子供用の組み立て式の家具をプレゼントしました。

ボーエ・モーエンセンは、FDB(生活共同組合)の家具部門のデザイン開発責任者になっていました。

モーエンセンはこの家具の製造販売権を得て、ウェグナーを援助しました。

 

リデザイン

ハンス・J・ウェグナー08 ベアチェアベアチェア ハンス・J・ウェグナー 1950年
「別冊家庭画報 北欧インテリア」より

 

  • ベアチェア(PP-19)
    ハンス・J・ウェグナー
    1950年
    大きな張り包み椅子の原型
    さまざまな体勢でくつろげる椅子
    オーク材、ファブリック
    W920×D950×H1010、SH420mm
    PPモブラー社

ハンス・J・ウェグナーの作品は、いくつかのパターンに分類することができます。

そしてそれぞれの作品には、デザイン的な繋がりがみられます。

これはコーア・クリントの教えでもある、リデザインを実践した結果とも言えます。

 

まとめ

ハンス・J・ウェグナー09 アームチェアアームチェア ハンス・J・ウェグナー 1965年
「北欧デザイン手帖」より

 

  • アームチェア(PP-701)
    ハンス・J・ウェグナー
    1965年
    自邸のためにデザインしたダイニングチェア
    食卓に腕が伸ばしやすいよう、テーブルの天板とアームを同じ高さにデザイン
    メープル材、レザー、スチール
    W630×D460×H680、SH435mm
    PPモブラー社

ハンス・J・ウェグナーは、生涯に500種類を超えるバリエーション豊かな椅子をデザインしました。

そんなウェグナーも独立当初は依頼が少なく、不遇の時代がありました。

しかしボーエ・モーエンセンの援助もあり、その後家具デザインの巨匠と呼ばれるようになりました。

才能はもちろんですが、人柄もとても大事だと思いました。

 

デンマーク・デザイン展」も、参考にしてください。

 

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