ジョルジュ・ブラック

イヴ・サンローランは、ジョルジュ・ブラックにインスピレーションを得た服をデザインしたことがあります。
今回は、画家のジョルジュ・ブラックについて調べてみました。

 

ジョルジュ・ブラック

ジョルジュ・ブラック02 トランプのある静物「トランプのある静物」 ジョルジュ・ブラック 1911-13年
「BRAQUE ブラック」より

 

  • 「トランプのある静物」
    ジョルジュ・ブラック
    1911-13年
    カンヴァス、油彩+グワッシュ+木炭
    80×59cm
    パリ 国立近代美術館蔵

ジョルジュ・ブラック(Georges Braque)

  • 1882年 フランスのアルジャントゥイユ・シュル・セーヌに生まれる(5月13日)
  • 1890年 一家はノルマンディー東部のル・アーヴルに移る
  • 1897年 リセ通学のかたわら、ル・アーヴル市立美術学校の夜間部に通う
         ラウル・デュフィとオトン・フリエスに会う
  • 1899年 勉学をやめ装飾塗装業者ロネーの徒弟となる
  • 1900年 年末パリに出て、ラベルトの徒弟となる
         市の絵画教室に通う
  • 1901年 ル・アーヴル近郊で1年間の兵役義務に服する
  • 1902年 パリに戻り、アンベールの教室に通う
         フランシス・ピカビアとマリー・ローランサンに会う
  • 1904年 アンベールの教室をやめ、自分自身の創作活動を始める
  • 1906年 アンデパンダン展に初出展
  • 1907年 アポリネールの紹介でピカソのもとを訪れる
         製作中の〈アヴィニョンの娘たち〉を見る
  • 1908年 春と夏レスタックで制作
         11月カーンヴァイラーの画廊で個展を開く
  • 1909年 ピカソとの親交、制作上の連携を深める
         (-1914年)
  • 1910年 ピカソと共に分析的キュビズムを推進
         最初の楕円形の絵を描く
  • 1911年 トロンプ・ルイユを始める
  • 1912年 マルセル・ラプレと結婚
         総合的キュビズムと呼ばれる時期に入る
  • 1914年 戦争に動員され前線に送られる
  • 1915年 頭を負傷し手術を受ける
  • 1916年 療養休暇でソルグに帰り退役となる
  • 1917年 再び制作開始
  • 1923年 ディアギレフのバレエ「うるさ方」の舞台装置を制作
  • 1924年 ミヨーのバレエ「サラダ」の装置と衣装を制作
  • 1931年 ピカソ、レジェと共にニューヨークで展覧会
  • 1933年 バーゼルで初の大規模な回顧展
  • 1945年 レジオン・ドヌール四等勲章受勲
  • 1946年 最初の多色石版画を制作
  • 1948年 ヴェネツィア・ピエンナーレで絵画大賞を受ける
  • 1951年 レジオン・ドヌール三頭勲章を受勲
  • 1952年 ルーヴル宮アンリ二世の間の天井装飾を制作
         (-1953年)
  • 1956年 マーク画廊で個展、鳥を主題にした大作を展観
  • 1962年 銅版画集「鳥たちの秩序」を出版
  • 1963年 死去(8月31日)

 

パピエ・コレ

ジョルジュ・ブラック03 卓上の静物「卓上の静物」 ジョルジュ・ブラック 1913年
「BRAQUE ブラック」より

 

  • 「卓上の静物」
    ジョルジュ・ブラック
    1913年
    厚紙、パピエ・コレ
    47×62cm
    パリ クロード・ローランス夫妻蔵

パピエ・コレとは、糊で紙を貼る技法です。

ブラックもピカソも、ほとんど同じ時期にパピエ・コレをはじめました。

1912年9月、「ブラックはアヴィニョンのある店で、木目の印刷してある壁紙を見付けて買った」という記録があります。

この壁紙を、「卓上の静物」に使ったと考えられます。

 

創作の一時中断

ジョルジュ・ブラック04 ギターとクラリネット「ギターとクラリネット」 ジョルジュ・ブラック 1918年
「BRAQUE ブラック」より

 

  • 「ギターとクラリネット」
    ジョルジュ・ブラック
    1918年
    厚紙、パピエ・コレ+木炭+グワッシュ
    77.2×95.0cm
    フィラデルフィア美術館蔵

1914年に第一次世界大戦が始まると、ブラックは召集されました。

翌年ブラックは、カランシーで頭部に重傷を負いました。

一時は失明しかけていましたが、病院生活を経て1917年から再び制作をはじめました。

 

模写をしていたころ

ジョルジュ・ブラック05 緑色大理石の卓上の静物「緑色大理石の卓上の静物」 ジョルジュ・ブラック 1925年
「BRAQUE ブラック」より

 

  • 「緑色大理石の卓上の静物」
    ジョルジュ・ブラック
    1925年
    カンヴァス、油彩
    130×75cm
    パリ 国立近代美術館蔵

ブラックは少年時代から絵画への関心が強く、気に入った絵を見るとよく模写をしていました。

しかしブラックの模写は、何枚も描いているうちに次第にデフォルメされていきました。

またかなり異質の画家の作品を模写しても、必ず同じ欠点が現れました。

ブラックは模写の途中でたくさんのことを学び、たくさんの発見をしました。

その発見の中で最大のものは、自己の発見でした。

 

キュビズム

ジョルジュ・ブラック06 画架と女「画架と女」 ジョルジュ・ブラック 1936年
「BRAQUE ブラック」より

 

  • 「画架と女」
    ジョルジュ・ブラック
    1936年
    カンヴァス、油彩
    92×73cm
    シカゴ美術研究所蔵

画商のカーンヴァイラーは、1920年に「キュビズムへの道」を著しました。

「サロン・ドートンヌの審査員の一人であったマティスが、美術評論家ルイ・ヴォークセルに、ブラックがサロン・ドートンヌに小さい立方体(キューブ)のある絵を出品したと言って、先のすぼまった二本の線の間にサイコロのようなものを幾つか描いて見せた」ということなども、カーンヴァイラーは書き残しています。

ブラックは、絵画を自分の才能の射程距離におくためのひとつの方法としてキュビズムを考案しました。

しかしブラックは、「それ以外のことでは自分にはキュビズムは無関係だ」と言い、
「自分はただただ絵が好きなのだ」と言います。

 

まとめ

ジョルジュ・ブラック07 羽ばたき「羽ばたき」 ジョルジュ・ブラック 1956-61年
「BRAQUE ブラック」より

 

  • 「羽ばたき」
    ジョルジュ・ブラック
    1956-61年
    カンヴァス+板、油彩
    114.0×169.5cm
    パリ 国立近代美術館寄贈品

ブラックの絵を見ていると、ブラックが絵を描くのが好きなことが伝わってきます。

そしてブラックの模写が、だんだんデフォルメされていくことに共感しました。

私もモードコピーをすると、どんどんデフォルメされていきます。

しかし、それが個性というものです。

 

参考文献

  • BRAQUE ブラック 新潮美術文庫43
    ISBN978-4-10-601443-7