家具の彫刻家 フィン・ユール

デンマークの家具デザイン界のなかで、フィン・ユールは特殊な存在といえるでしょう。
今回は、フィン・ユールについて調べてみます。

 

フィン・ユール

フィン・ユール02フィン・ユール
「北欧インテリア図鑑 ELLE DECOR NO.139 2015年 8月号別冊付録」より

 

フィン・ユール(Finn Juhl)

  • 1912年 デンマークのコペンハーゲンで生まれる(1月30日)
  • 1930年 王立芸術アカデミー建築科に入学
  • 1933年 母の遺産を相続する
  • 1934年 ヴィルヘルム・ラオリッツエン建築事務所に勤務
         (-1945年)
  • 1942年 クラトウェンゲに平家の家を建築
  • 1945年 独立してコペンハーゲンの中心部に事務所を開設
  • 1947年 エッカースベアー賞を受賞
  • 1949年 コペンハーゲン家具職人ギルド展示会にチーフティンチェアを出品
  • 1951年 ニューヨーク国連ビル内の国際信託統治委員会会議室の内装
         およびダイニングチェアのデザイン
         カイ・ボイセン工房よりフルーツボウルを発表
  • 1952年 ニューヨーク5番街のジョージ・ジェンセンの店舗をリ・モデル
  • 1956年 SAS(スカンジナビア航空)の旅客機DC-8の内装をデザイン
         SASのヨーロッパーアジア路線における33営業所のデザイン(-1961年)
  • 1957年 ミラノトリエンナーレ金賞受賞
  • 1960年 ワシントンのデンマーク大使公邸のデザイン
  • 1961年 カウフマン・インターナショナル・デザイン・アワードのクリスタルのトロフィーをデザイン
  • 1965年 シカゴ・インスティチュート・オブ・デザインの客員教授を務める
  • 1969年 イタリア、ムラーノ島のベニーニからガラスウェアを発表
  • 1984年 ダンネボルグ勲章を授与され、ナイトの称号を許される
  • 1989年 死去(5月17日)

 

建築家としての出発

フィン・ユール03 スケッチイージーチェアのデッサン フィン・ユール 1953年
「美しい椅子 北欧4人の名匠のデザイン」より
ISBN978-4-87099-983-1

 

  • イージーチェア No.53のデッサン
    フィン・ユール
    1953年
    ワトソン紙、水彩

フィン・ユールは、建築家としての道を選択しました。

そのために、家具に関する技術を有していませんでした。

しかしフィン・ユールは家具に対する既成概念にとらわれることなく美しいフォルムの家具を次々と発表しました。

当時フィン・ユールは彫刻家の、

  • ヘンリー・ムーア
  • ジャン・アルプ

の作品に傾倒していました。

 

名匠ニールス・ヴォッダー

フィン・ユール04 ペリカンチェア FJ-4000ペリカンチェア フィン・ユール 1940年
「北欧デザイン手帖」より
ISBN978-4-579-21019-0

 

  • ペリカンチェア FJ-4000
    フィン・ユール
    1940年
    フランスの芸術家ジャン・アルプなどの彫刻作品に影響を受けたデザイン
    メイプル+布張り
    W850×D760×H680、SH370mm
    デニッシュインテリアス

フィン・ユールの製作を側面から支えたのが、名匠ニールス・ヴォッダーでした。

フィン・ユールの奇抜な造形を実際に形にして、構造体として保つためには大変な技術が必要とされました。

フィン・ユールとニールス・ヴォッダーは、1937年からコペンハーゲン家具職人ギルド展示会に出品しています。

このコラボレーションは、1959年まで続けられました。

 

初めはデンマーク国内での評価が低かった

フィン・ユール05 ポエトソファ FJ-4100ポエトソファ フィン・ユール 1941年
「北欧デザイン手帖」より

 

  • ポエトソファ FJ-4100
    フィン・ユール
    1941年
    自宅で使うためにデザイン
    アームが緩やかなカーブを描く
    W1360×D800×H925、SH380mm
    デニッシュインテリアス

フィン・ユールの家具デザイナーとしてのスタートは、順調なものではありませんでした。

当時のデンマークでは、機能主義を重視したコーア・クリントの教えが主流でした。

フィン・ユールの造形はあまりにも突飛だったため、反発と揶揄が集中しました。

 

 

アメリカでの評価

フィン・ユール06 イージーチェア No.45イージーチェア フィン・ユール 1945年
「美しい椅子 北欧4人の名匠のデザイン」より

 

  • イージーチェア No.45
    フィン・ユール
    1945年
    独立後、最初に手がけた作品
    座面を浮かしたようなデザイン
    マホガニー+布張り
    W665×D730×H880、SH420mm
    デニッシュインテリアス

そんななかでフィン・ユールの作品を評価したのが、アメリカのエドガー・カウフマン・ジュニアでした。

エドガー・カウフマン・ジュニアは、フランク・ロイド・ライトが設計した「落水荘」のオーナーの子息でした。

また彼は、ニューヨーク近代美術館の理事を務めた人物でした。

フィン・ユールの作品を見たとき、大量生産品に慣らされたアメリカ人は衝撃を受けました。

そして、大反響が巻き起こりました。

 

デンマーク国内での評価

フィン・ユール07 チーフティンチェア FJ-4900チーフティンチェア フィン・ユール 1949年
「美しい椅子 北欧4人の名匠のデザイン」より

 

  • チーフティンチェア FJ-4900
    フィン・ユール
    1949年
    エジプトの遺跡から発掘された椅子と構造が同じであったため、エジプシャンチェアとも呼ばれる
    ローズウッド+革張り
    W1000×D880×H925、SH345mm
    デニッシュインテリアス

エドガー・カウフマン・ジュニアの影響力は、絶大でした。

フィン・ユールの作品の評価は、やがてデンマークにエコー効果として伝わりました。

そしてデンマーク国内においても、フィン・ユールの作品が認められるようになりました。

またこうした海外での評価は、デンマーク家具全体への評価へと繋がりました。

やがてデンマークは、世界最高の家具輸出国へと発展していきました。

 

独特の緊張感

フィン・ユール08 ソファソファ フィン・ユール 1950年
「美しい椅子 北欧4人の名匠のデザイン」より

 

  • ソファ
    フィン・ユール
    1950年
    両手を広げたような包容力のあるアーム
    チーク+布張り
    W1950×D820×H970
    デニッシュインテリアス

フィン・ユールの生み出す家具は、それまでにない構造と造形です。

そのためにどこか危うさを伴っていて、それが独特の緊張感をたたえています。

そのことは、他の家具デザイナーたちと違う「華」のあるデザインとなっています。

また量産に向いた構造ではなかったために、その希少性から話題になっています。

 

まとめ

フィン・ユール09フィン・ユールハウス
「別冊家庭画報 北欧インテリア」より
ISBN978-4-418-09101-0

 

1980年代の初め、フィン・ユールは過去の人として忘れ去られた存在でした。

その後フィン・ユールの作品は、再評価されています。

デザイナーは、忘れ去られる存在のような気がしてきました。

私の作る服は、構造や造形が今までと違うと言われていました。

それゆえに、どこかに危うさがありました。

今回フィン・ユールについて書いて、私との共通点を見つけることができました。

 

デンマークのデザイナーについては、以下も参考にしてください。