エンパイア・スタイルのドレス8選

年明けに何を書こうか、迷っていました。
久しぶりに、エンパイア・スタイルのドレスについて書こうと思いました。

 

1795年ころのドレス(ラウンド・ガウン)

エンパイア・スタイル16 ラウンド・ガウンドレス(ラウンド・ガウン) 1795年ころ
「FASHION A History from the 18th to the 20th Century」より
ISBN978-3-8365-5719-1

 

  • ドレス(ラウンド・ガウン)
    イタリア
    1795年ころ
    白い綿モスリン
    青、茶の綿糸、銀糸で植物模様を刺繍
    トレーンをひく
    前身頃にシャーリング
    衿ぐりにレース飾り

1889年のフランス革命で、

  • 洗練の絹から
  • 簡素な木綿へ

美意識が大きく転換しました。

やがて19世紀の初頭、綿モスリンの白いドレスは熱狂的な勢いで流行しました。

ラウンド・ガウンはウエストラインが胸まで上昇し、身頃とスカート部が一続きになったワンピース形式のドレスです。

丸みを帯びた形状から、ラウンド・ガウンと呼ばれています。

ラウンド・ガウンは、白いモスリンのドレスへの移行期に流行しました。

 

王妃マリー=アントワネットの先取り

エンパイア・スタイル17 ラウンド・ガウンドレス(ラウンド・ガウン) 1795年ころ
「FASHION A History from the 18th to the 20th Century」より

 

  • ドレス(ラウンド・ガウン)
    イタリア
    1795年ころ
    紫がかった赤の絹サテン地に花柄の紋織
    裾に青と黄色の絹糸刺繍
    フライ・フリンジ、タッセル飾り付き

簡素なモスリンのドレス流行の先駆けは、王妃マリー=アントワネットでした。

マリー=アントワネットは、堅苦しいヴェルサイユ宮殿を抜け出しました。

そしてプチ・トリアノンの田舎家風別荘アモーで、

  • 簡潔なドレス
  • 麦わら帽子

で羊飼い遊びに興じました。

1775年ころには、マリー=アントワネットは白い木綿のドレスを着ていました。

これは素材や構造の上で、次のエンパイア・スタイルのハイウエストのドレスを先取りしていました。

 

ワンピース・ドレスへ

エンパイア・スタイル18 ラウンド・ガウンドレス(ラウンド・ガウン) 1795年ころ
「FASHION A History from the 18th to the 20th Century」より

 

  • ドレス(ラウンド・ガウン)
    イタリア
    1795年ころ
    白い絹タフタ・ブロケード
    緑色の絹糸と金糸、シークインの刺繍
    前身頃はピンタック
    フライ・フリンジ、タッセル飾り付き

1789年のフランス革命と前後して、ロココ・スタイルの豪奢なドレスの流行は簡素なドレスへと変化しました。

ロココ期の

  1. ガウン
  2. ペティコート
  3. ストマッカー

で構成されていた女性服は、この時期に身頃とスカート部が一続きとなりました。

 

1800年ころのハイ・ウエストのドレス

エンパイア・スタイル19 ドレスドレス 1800年ころ
「FASHION A History from the 18th to the 20th Century」より

 

  • ドレス
    1800年ころ
    白の綿ガーゼのドレス
    ボディスの前身頃と裾に花柄の刺繍入り

ハイ・ウエストのドレスは、古代ギリシア・ローマの彫像を思わせます。

肌が透けて見えるほど薄い白の綿モスリンで作られたドレスは、シュミーズ・ドレスと呼ばれました。

18世紀の後半、新古典主義が広がりました。

自然への憧憬が強まるとともに、簡素な衣服が流行の兆しを見せていました。

この傾向は、1789年のフランス革命によって一挙に進みました。

身体を大胆に解放した、革新的で現代的な身体意識の現れともみえる服飾が現れました。

 

木版プリント

エンパイア・スタイル20 ドレスドレス 1800年ころ
「文化学園服飾博物館コレクション ヨーロピアン・モード」より

 

  • ドレス
    1800年ころ
    木綿地に花文様の木版プリント
    インドのサンガネール更紗を思わせる

木版プリントの布は18世紀後半には、

  • ジュイ(フランス)
  • ナント(フランス)
  • アルザス(フランス)
  • ランカシャー(イギリス)

が主な産地でした。

 

新しい美意識と価値観

エンパイア・スタイル21 ドレスドレス 1805年ころ
「文化学園服飾博物館コレクション ヨーロピアン・モード」より

 

  • ドレス
    1805年ころ
    白木綿モスリン
    白糸による刺繍
    トレーンをひく

木綿製であっても、このようにトレーンをひいたドレスは儀礼用でした。

まるで下着のような白いシュミーズ・ドレスが、革命後の新しい

  1. 美意識
  2. 価値観

を求める女性達の心をつかみました。

しかし当時、モスリンは大変高価でした。

モスリンは、イギリスからの輸入に頼っていました。

そのためナポレオンは、何度もイギリス製モスリンの使用禁止令を出しました。

 

コート:ルダンゴト

エンパイア・スタイル22 コート:ルダンゴトコート:ルダンゴト 1810年ころ
「文化学園服飾博物館コレクション ヨーロピアン・モード」より

 

  • コート:ルダンゴト
    1810年ころ

 

強大な帝国を目指したナポレオンは、軍隊強化のために人々に憧れを抱かせるような軍服を採用しました。

この軍服は、女性服にも影響を与えました。

二段に分かれた袖は、ナポレオン軍に編入されたエジプト騎兵隊のマムルークに由来して流行しました。

この二段に分かれた袖を、マムルーク袖と呼びます。

軍服風のルダンゴトは、モスリンの薄いドレスを着た女性達を極寒のヨーロッパの冬から守りました。

イギリス貴族の乗馬用ラインディング・コートが1725年ころにフランスで、

  • 防寒
  • 防雨

の狩猟用コートとして着られるようになりました。

やがてフランス語風に「ルダンゴト」へと転訛し、18世紀末から広く着られるようになりました。

 

1820年ころのドレス

エンパイア・スタイル23 デイ・ドレスデイ・ドレス 1820年ころ
「FASHION A History from the 18th to the 20th Century」より

 

  • デイ・ドレス
    1820年ころ
    茶とブルーのストライプの絹タフタ
    短いボディスとスカートのツーピース
    ジャケットの胸元に絹タフタのコードとパフの装飾
    共布のベルト付き
    ドレスの裾に4段のフリル

19世紀の初頭から続いた白の大流行を経て、1820年ころになると色彩が戻ってきました。

ウエストは、高い位置に置かれたままです。

そして、ストライプにより縦方向がより強調されています。

内部の後ろ中心部にはパットが付けられ、ハイ・ウエストからふわりと落ちる背後の曲線を演出しています。

ロマンティック・スタイルで流行する、ジゴ袖の原型も見えはじめています。

ドレスは、ワンピースからツーピースへと変化しました。

 

エンパイア・スタイルについては、以下も参考にしてください。

 

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