エンパイア・スタイルについて調べてみました

ロココ・スタイルに続いて、エンパイア・スタイルを見てみましょう。
はじめに、19世紀のファッションを見ていきます。

 

19世紀のファッション

エンパイア・スタイル02F.ジェラール「レカミエ夫人の肖像」 1802年
「FASHION 18世紀から現代まで」より
ISBN978-4-88783-282-4

 

18世紀までにフランスの女性服は、流行の主導権を掌握するようになりました。
そして19世紀には、他の追随を許さない牽引力を持つまでに発展しました。

一方男性服は、

  • 18世紀以来の羊毛産業や衣料機械の発達
  • テイラー技術

を背景に、イギリスが優位を誇るようになりました。

こうしてフランスは女性服に、イギリスは男性服に対して、強い影響力を持つようになりました。

このような差別化が明確になり、

  • ロンドンのテイラー
  • パリのモード

という価値観が、定着しました。

19世紀の女性服の流行は、めまぐるしく変化するシルエットの変遷に特徴づけられます。

一方、男性服の基本的形態は固定化して、細部の変化を残すだけとなりました。

 

エンパイア・スタイル(1790-1820年ころ)

エンパイア・スタイル03左・ドレス 1800年ごろ 中・ドレス 1805年ごろ 右・ドレス 1810年ごろ
「FASHION 18世紀から現代まで」より

 

  • 左のドレス
    縞柄を織り出した白の綿モスリンに、白の草花の刺繍
    トレーンをひく、ワンピース・ドレス
    ショールは赤の花柄を織り出した絹クレープ
    バッグは白の絹サテンにシュニール刺繍
    タッセル飾り付き
  • 中央のドレス
    白の綿モスリンに赤、青、銀糸などの刺繍
    トレーンをひく、ワンピース・ドレス
    ペティコート付き
  • 右のドレス
    白の綿モスリンに赤の毛糸の刺繍でボーダー柄
    ワンピース・ドレス
    ショールは花柄が織り出された、紫のスピタルフィールド製絹ゴース

エンパイア・スタイル

フランス革命の後、古代ギリシア・ローマを理想とした新古典主義への傾倒から、

  1. コルセットやパニエを取り去る
  2. ハイウエスト
  3. 体を締め付けない直線的なシルエット

このようなスタイルが、主流となりました。

このスタイルはナポレオンの帝政時代を中心として流行したことから、「エンパイア・スタイル」と呼ばれています。

素材は、イギリス産の白い綿モスリンが好んで用いられました。

 

エンパイア・スタイルの盛装用ドレス

エンパイア・スタイル04 盛装用ドレス 盛装用ドレス 1805年ごろ
「FASHION 18世紀から現代まで」より

 

  • 盛装用ドレス
    葉模様を織り出した、白の絹紋織
    トレーンをひく、ワンピース・ドレス
    ショールは毛糸で草花模様を織り出した、白の絹とウールの交織ゴース
    毛糸のフリンジ付き

エンパイア・スタイルによって、絹に代わって木綿モスリンが大流行しました。

そのため絹の生産地であるリヨンは、重大な危機に陥りました。

そこでナポレオンは第一執政時代に、産業復興に努めました。

1804年にナポレオンが皇帝に君臨すると、ナポレオンは衣服を政治的メディアとして利用し始めました。

1811年の勅令でナポレオンは、公式儀式では男女とも絹の着用を命じました。

ダヴィッドが描いた戴冠式でのジョセフィーヌ皇妃の姿は、端正、厳格なエンパイア・スタイルの典型を示しています。

すなわち、

  • 絹のドレス
  • 宮廷用トレーン(マント・ド・クール)

の着用です。

のちにこの宮廷用トレーンは、ヨーロッパ各国の宮廷規範として残っていきます。

 

エンパイア・スタイルの乗馬服

エンパイア・スタイル05 乗馬スタイル左・男性用ジャケット、ブリーチズ 1815年ごろ
右・狩猟用ジャケット、ペティコート 1815年ごろ
「FASHION 18世紀から現代まで」より

 

  • 左の男性用ジャケット(フロック・コート)、ブリーチズ
    ジャケットは紺のウールのブロードクロス
    前裾はウエストで水平にカットされ、後ろにテール付き
    ブリーチズはベージュのバックスキン
  • 右の女性用狩猟ジャケット(スペンサー)、ペティコート
    ジャケットは紺のウールのブロードクロス
    ペティコートは白の綿ローンに共布のテープと綿モスリンのはめ込み

女性の乗馬服は、フランスでは「アマゾーヌ」と呼ばれました。

ギリシア神話に登場する女性騎馬戦士から、そう呼ばれるようになりました。

男性服の要素が取り入れられましたが、女性が馬にまたがることは認められていませんでした。

女性はスカートを着用して、横乗りすることを強いられました。

上の写真は、当時の典型的な女性用乗馬服です。

テイラード仕立てのぴったりしたジャケットには、男性服の要素が取り入れられています。

丈の長いスカートからは馬の上で横なりになっても、決して脚は見えませんでした。

男性用ブリーチズは、現代のパンツとほとんど同じように見えます。

 

エンパイア・スタイルの防寒対策

エンパイア・スタイル06 防寒対策左・ジャケット、ペティコート 1815年ごろ 右・ドレス 1815年ごろ
「FASHION 18世紀から現代まで」より 

 

  • 左のジャケット(スペンサー)、ペティコート
    ジャケットは赤のカット・ベルベット、パイピングとくるみボタンのユサール風の飾り
    ペティコートは白の平織りの綿
    裾にシャーリングの立体的な飾り
  • 右のドレス
    白の綿ローンのツーピース・ドレス
    ジャケットはユサール風のブレードとポンポン飾り
    ペティコートの裾にコード刺繍と3段のフリル飾り
    全体にフリルや刺繍、小さな玉飾りがあしらわれている

エンパイア・スタイルで使われた

  1. モスリン
  2. ペルカル
  3. ゴース

など透けるほどに薄い木綿素材は、その簡潔性によって選ばれました。

しかしこれらの素材はヨーロッパの冬には寒すぎ、肺炎で亡くなった人もいました。

装飾と防寒を兼ねるため、

  1. カシミア・ショール
  2. イギリス風スペンサー
  3. ルダンゴト

が流行しました。

 

カシミア・ショール

エンパイア・スタイル07 カシミア・ショールカシミア・ショール 19世紀初め
「文化学園服飾博物館コレクション ヨーロピアン・モード」より

 

インド、カシミール地方原産のカシミア・ショールは、ナポレオンのエジプト遠征の際にフランスに持ち帰られました。

多彩な色と独特な模様が特徴で、簡素なシュミーズ・ドレスの装飾品として大いに流行しました。

当時は非常に高価で、遺産目録や結納品目にも加えられました。

 

エンパイア・スタイル(1790-1820年ころ)の出来事

  • 1792年 フランス第1共和制
        (1804年まで)
  • 1799年 統領政府成立
         ナポレオン第1統領に就任
        (1804年まで)
  • 1803年 フランス、イギリス製モスリンの輸入禁止
  • 1804年 ナポレオン1世帝位につく
         宮廷服にマントー・ド・クールを採用
         ジャカール(仏)、ジャガード織機を完成
         トレビシック(英)、蒸気機関車走行成功
  • 1805年 トラファルガー海戦
  • 1806年 ナポレオン、対英経済封鎖を目的に大陸封鎖令
         (1813年まで)
  • 1811年 ナポレオン、公式儀式に絹製衣服の着用を命じる
  • 1814年 ナポレオン退位
         ルイ18世即位(1824年まで)
         ウィーン会議(1815年まで)
        

参考文献は、

  • 「FASHION 18世紀から現代まで」ISBN978-4-88783-282-4
  • 「文化学園服飾博物館コレクション ヨーロピアン・モード」

です。

スタイルの年代区分は、「西洋服装史Ⅱ」に準じています。

エンパイア・スタイルについては、

も参考にしてください。

ヨーロッパのファッション・スタイルは、以下も参考にしてください。

 

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