クリスチャン・ディオールの自叙伝で考えたこと

クリスチャン・ディオールの自叙伝があります。
読んで、とても引っかかることがありました。 

 

一流デザイナーになるまで

クリスチャン・ディオール07「クリスチャン・ディオール 一流デザイナーになるまで」表紙

 

「クリスチャン・ディオール 一流デザイナーになるまで」

  • 著者 :クリスチャン・ディオール
  • 訳者 :上田安子・穴井昴子
  • 企画者:学校法人上田学園
  • 発行所:株式会社牧歌舎
  • 発売元:株式会社星雲舎
  • ISBN978-4-434-12444-0

数年前に買ったこの本を、私は途中まで読みました。

そして私は、ほとんど最初の方のページに引っかかりを覚えていました。

 

私が引っかかった点

クリスチャン・ディオール08 デザイン画デザイン画 クリスチャン・ディオール
「クリスチャン・ディオール 一流デザイナーになるまで」より

 

「クリスチャン・デイオール 一流デザイナーになるまで」より、私が引っかかった部分を引用してみます。

私と彼(ディオールの幼馴染)は随分長く会っていなかった。
彼はサン・フロランタン街にある「ガストン」衣装店の支配人で、私が服飾デザイナーになっている事を知っていた。
彼は手を上げて、私に運が向いている事を知らせた。

「ガストン」衣装店の所有者であるブサック氏が、店を根本的に改革しようと考え、店を生まれ変えさせる事の出来るデザイナーを探していると言うのだ。
私の知人の中にそうのような才能のある者があるだろうか。
暫く考えたが、残念な事には誰も心当たりがない、と答える外なかった。
どうして私自身を推薦することなど考える事が出来ただろう。

それでも運命は見はなさなかった。
同じ場所でまた、海岸での遊び友達に出会った。
彼にも適当な人が見つからなかったが、私の事などは考えもつかなかった。

中略

一緒にルロンの店でデザイナーとして働いていたバルマンが独立して、自分の名前で店を出し成功したのだ。
私だって野心を持っていいのだ。
ルロンの店で私は安心して仕事をすることが出来た。
しかしそれは他人の利益と趣味によって働いているのだ。
ルロンに対する責任としても私は自由に振舞う事ができなかった。

同じ場所で同じ友人に三度目に会った時、私は私の一生を賭けているのだという事も考えずに答えた。

・・・・・どうして僕ではいけないのだ。

「クリスチャン・ディオール 一流デザイナーになるまで」P10-11より引用

みなさんは、どのように感じましたか?

「クリスチャン・デイオール 一流デザイナーになるまで」を読んでみると、

  • ディオールの幼馴染
  • ブサック氏

の2人は最初「クリスチャン・ディオールを、新しいメゾンのファッションデザイナーに迎える」つもりはありませんでした。

なぜなら2人は、クリスチャン・ディオールの才能を知らなかったからです。

1947年に、クリスチャン・ディオールはニュールックを発表しました。

その後10年にわたり新しいラインを発表し続けたことは、有名な事実です。

歴史上偉大なファッションデザイナーでさえ、もしかしたら見出されずにいたかもしれないのです。

「クリスチャン・デイオール 一流デザイナーになるまで」を読んだ私は、「日本の多くの才能のあるファッションデザイナーも、世の中に見出されずにいるのではないか?」と考えてしまいました。

 

まとめ

クリスチャン・ディオール09 マグネットライン マグネットライン クリスチャン・ディオール  1956年8月発表
「クリスチャン・ディオール 一流デザイナーになるまで」より

 

才能のあるファッションデザイナーがいなければ、新しいモードを作り出すことはできません。

才能のあるファッションデザイナーが、1人でも多く世に出なければいけません。

そうしなければ、日本のファッション業界に未来はありません。

ファッション業界にいる人々は、「本当に才能のあるファッションデザイナー」を本気で見つけるべきです。

 

クリスチャン・ディオールについては、以下も参考にしてください。