クリストバル・バレンシアガ

クリストバル・バレンシアガは、1895年にスペインのバスク地方に生まれました。
1915年にサン・セバスチャンに店を構え、1937年にパリのジョルジョ・サンク通り10番地にメゾンをオープンしました。

 

クリストバル・バレンシアガ

クリストバル・バレンシアガ02クリストバル・バレンシアガ
「華麗なるオートクチュール展」図録より

 

クリストバル・バレンシアガ。

偉大なクチュリエです。

クリストバル・バレンシアガは、文化服装学院内で人気がとても高いファッションデザイナーの一人でした。

シルエットとカットを重視したクリストバル・バレンシアガのデザインが、ファッションを学ぶ学生の心をつかんだのでしょう。

 

クリストバル・バレンシアガ(Cristobal Balanciaga)

  • 1895年 スペインのバスク地方、ゲタリアに生まれる(1月21日)
  • 1908年 12歳、洋裁師見習いとして働き始める
  • 1915年 サン・セバスチャンにメゾンを開店
  • 1919年 パリのオートクチュールコレクションに初参加
  • 1937年 スペイン内戦の影響で閉店
         パリへ移住
         8月、パリのジョルジュ・サンク通りへメゾンを開店
  • 1947年 香水「Le Dix」を発売
  • 1950年 アンドレ・クレージュがメゾンに入る
  • 1955年 チュニック・ドレス発表
  • 1957年 サック・ドレス発表
         他メゾンの1ヶ月後にコレクションを発表
  • 1958年 ハイウエストのベビードール・ワンピースを発表
  • 1967年 メゾン30周年を記念し、他のメゾンと同時期にコレクションを発表
  • 1968年 74歳、引退
  • 1972年 死去(3月24日)

 

ティナ・チャウ回顧展

ティナ・チャウ01ティナ・チャウ
「THE TRENCH BOOK」より
ISBN978-2-75940-163-5

 

  • ティナ・チャウ
    写真:アーサー・エルゴート

1992年にティナ・チャウというモデルが亡くなり、回顧展がワコールで行われました。

この回顧展には、生前ティナ・チャウが所蔵していた服を展示していました。

その中に、クリストバル・バレンシアガのジャケットがありました。

 

美しい衿の折り返り

クリストバル・バレンシアガ03スーツ クリストバル・バレンシアガ 1966年春
「華麗なるオートクチュール展」図録より

 

  • スーツ
    クリストバル・バレンシアガ

    1966年春
    ジャケットとスカートは、黒、白、キャメルの格子模様の二重織ウールツイール地
    袖なしのブラウスは黒いシルクシャンタン地
    このスーツは。バレンシアガが生地に精通していることを示す一例
    ジャケットはたった3枚の布から成り、肩と脇に縫い目がある
    スカートは、広く取ったヨークから下がった1枚の布でできている
    縫い目は背中の左ウエストから右膝にかけて斜めに走る
    背中心の裾には小さな三角のマチを入れてある

クリストバル・バレンシアガのジャケットは、衿がバイアスに仕立ててあり柔らかく折り返っていました。

そして、クリストバル・バレンシアガのジャケットの衿はきれいに後ろに抜けていました。

その美しさに、私の目は釘付けになってしまいました。

私が今まで見た中で、一番美しい衿でした。

上の写真は、そのときのジャケットと全く同じではありませんが、こんな雰囲気のジャケットでした。

 

全てを一人でこなすことのできる唯一人のクチュリエ

クリストバル・バレンシアガ04スーツ クリストバル・バレンシアガ 1953年
「グリュオー モードと広告 展 (1992年)」より

 

クリストバル・バレンシアガは、自ら裁断・縫製ができる数少ないファッションデザイナーの一人です。

クリストバル・バレンシアガは、巧みな裁断技術で複雑な造形を生み出しました。

クリストバル・バレンシアガは、一つのシーム、一つのカットに情熱を傾けました。

クリストバル・バレンシアガの

  1. 独創的なシルエット
  2. 体と服の間の独特の空間
  3. 絶妙な色彩配分

は芸術の域に達すると評され、オートクチュールの「巨匠」と呼ばれました。

 

20世紀後半の基本形

クリストバル・バレンシアガ07デイ・ドレス クリストバル・バレンシアガ 1957年秋冬
「FASHION A History from the 18th to the 20th Century」より
ISBN978-3-8365-5719-1

 

  • デイ・ドレス
    クリストバル・バレンシアガ

    1957年秋冬
    黒いウールのデイ・ドレス
    包みボタンによる前明き
    前身頃と後ろ身頃を1枚断ち
    背中心で縫い合わせ

体を造形する下着を必要としないクリストバル・バレンシアガの服は、その着心地の良さでも高く評価されました。

1950年代にクリストバル・バレンシアガが発表した、

  1. ラウンド・カラーのスーツ
  2. ウエストを解放したチュニック・ドレス

は20世紀後半の女性服の基本形になりました。

 

クリストバル・バレンシアガの引退

クリストバル・バレンシアガ05スーツ クリストバル・バレンシアガ 1954年冬
「華麗なるオートクチュール展」図録より

 

  • スーツ
    クリストバル・バレンシアガ

    1954年冬
    ジャケットとスカートは、黒、グレイ、白い斑のあるウールツイード地
    ジャケットの大ぶりのケープ風の衿には、黒いスエードのタイが付いている 

1968年、クリストバル・バレンシアガは店を閉めオートクチュールを引退します。

ファッションの中心は、オートクチュルからプレタポルテへと移行していました。

クリストバル・バレンシアガの引退は、一つの時代の終わりを告げました。

 

まとめ

クリストバル・バレンシアガ06コート クリストバル・バレンシアガ 1955年
「FASHION A History from the 18th to the 20th Century」より

 

  • コート
    クリストバル・バレンシアガ

    1955年
    ピンクの太い畝が特徴の絹オットマン
    コード巻き釦

現在の日本のアパレル業界は、衰退しきっています。

現在の日本のアパレル業界に必要なのは、クリストバル・バレンシアガのような人です。

クリストバル・バレンシアガのように、全てを一人でこなすことができるファッションデザイナーが必要なのです。

 

クリストバル・バレンシアガについては、以下も参考にしてください。