クリノリン・スタイルについて調べてみました

スカートのふくらみが、どんどん増していったクリノリン・スタイル。
その背景には、一体何があったのでしょうか?

 

クリノリン・スタイル(1840-1870年ころ)

クリノリン・スタイル02J.-A.-D.アングル「モアテシエ夫人の肖像」 1856年
National Gallery , London
「FASHION 18世紀から現代まで」より

 

1840年代になると極端な形の流行は廃れて、落ち着きを取り戻しました。

ウエストはさらに低く細くなり、スカートはますますふくらみを増しました。

スカートの外見は、ペティコートの重ね着で作られていました。

そしてスカート全体の重量は、女性の活動を大きく制限しました。

しかし当時の上流階級の女性にとって、

  • 弱々しさは美徳であり
  • 労働は何よりも悪徳

とされていました。

ペティコートの重量によって、女性の活動が制限されることが問題視されることはありませんでした。

スカート丈は女性の慎み深さを示すように、再び地面に届くまで長くなりました。

 

フラウンス

クリノリン・スタイル03イヴニング・ドレス 1855年ころ
「FASHION 18世紀から現代まで」より

 

  • イヴニング・ドレス
    クリーム色の絹ウールのゴースに花模様プリント
    ツーピース・ドレス
    3段のティアード・スカート

1850年代のスカートは円錐形を強調するように、水平に重なるフリルの段飾りが特徴です。

このフリルの段飾りを、フラウンスと言います。

そして袖にも、段飾りが見られました。

袖は、袖山がなだらかになりました。

そして袖は、レースやフリルが垂れる平衿に連なります。

袖のふくらみは、袖口だけがふくらむ形に変化しました。

 

ボンネット

クリノリン・スタイル04デイ・ドレス 1855年ころ
「文化学園服飾博物館コレクション ヨーロピアン・モード」より

 

  • デイ・ドレス
    3段のティアード・スカート
    ギャザーをたっぷりと入れてふくらみを強調している
    ボンネットはストロー製

帽子は小さく控えめで、顔を覆う形の、

  1. ボンネット
  2. カポート

に移っていきました。

 

金属製のクリノリンの考案

クリノリン・スタイル07 金属クリノリンクリノリン 1860年代後半
「FASHION 18世紀から現代まで」より

 

  • クリノリン
    白い綿、19本のスティール・ワイヤー・フープ
    幅径約105cm
    前後径約98cm
    裾周約318cm

1856年フランス人のミリエによって、金属製の輪を連ねた「カゴ型」のクリノリンが考案されました。

クリノリンという言葉は、

  1. 馬毛(crin)を織り込んだ
  2. 硬い麻布(lin)

に由来します。

1840年代には、これらで作られたペティコートをクリノリンと言いました。

以降クリノリンは、

  • 鯨のひげや針金などを輪状につなげた下着
  • この下着で大きく広がったスカート

を意味するようになりました。

クリノリンによって、スカートは急激に大型化しました。

クリノリンの大きさを支えたのは、

  1. 鉄素材の開発
    (鉄製の針金は大型化を容易にしました)
  2. 織物産業の発展
    (織機の改良、染色の発達は布の量、種類を格段に増加させました)
  3. ミシンの実用化

3つの工業技術の発展でした。

 

台形に裁断されたスカート

クリノリン・スタイル05デイ・ドレス 1863-65年ころ
「文化学園服飾博物館コレクション ヨーロピアン・モード」より

 

1860年代中ころからスカートは、

  • 台形
  • くさび型

に裁断された布が、縫い合わされるようになりました。

このようにウエスト周りはすっきりとしながら、裾は非常に広がった円錐形シルエットが形作られました。

上の1855年ころのドレスと比べると、その違いがよくわかります。

1855年ころのドレスは2点とも、スカートのウエストにギャザーが入っています。

1863-65年ころのデイ・ドレスは、スカートのウエストにギャザーが入っていません。

 

機械編みのレース

クリノリン・スタイル06 機械編みのレースデイ・ドレス 1865年ころ
「文化学園服飾博物館コレクション ヨーロピアン・モード」より

 

19世紀半ば、複雑なパターンのレースが機械生産できるようになりました。

すると、豪華な機械編みレースのショールが流行しました。

ナポレオン3世の皇妃ウージェニーがスペイン貴族出身であったことから、エキゾチックな黒のレースが好まれました。

 

 カシミア・ショール

クリノリン・スタイル08 カシミア・ショールカシミア・ショール 1850-60年代
「FASHION 18世紀から現代まで」より

 

  • カシミア・ショール
    多色のペイズリー柄のカシミア・ショール
    長方形、両端にフリンジ付き
    パリのショール製造者、フレデリック・エペール作
    165cm×386.5cm

カシミア・ショールは、19世紀を通して流行しました。

カシミア・ショールは、1830年代以降に一般に広まりました。

1840年代までに、

  1. 高級品はフランスのリヨン製
  2. プリントの安価な品は、イギリスのペイズリー製

という図式が出来上がりました。

のちに英語では「ペイズリー」が、カシミヤ模様の代名詞になるほど模造品が出回りました。

クリノリンは巨大になり、コートに代わって大判のカシミア・ショールが着装されました。

 

クリノリン・スタイル(1840-1870年ころ)の出来事

  • 1845年 ハウ(米)、ミシンを実用化
  • 1848年 フランス、ルイ・フィリップを廃し、第2共和制をしく(1852年まで)
  • 1851年  第1回ロンドン万国博覧会開催
         シンガー(米)、実用ミシンの特許取得
  • 1852年 フランス、ナポレオン3世即位
         第2帝政時代(1870年まで)
  • 1853年 クリミア戦争
  • 1854年 ルイ・ヴィトン、パリに開店
  • 1855年 第1回パリ万国博覧会開催
  • 1856年 パーキン(英)、合成染料のモーブを発見
  • 1857年 ウォルト、パリにメゾン開設
         オート・クチュールの始まり
  • 1858年 イギリス、インドを併合
  • 1861年 アメリカ、南北戦争(1865年まで)
  • 1867年 オーストリア=ハンガリー帝国成立
         第2回パリ万国博覧会開催
  • 1868年 ウォルト、フランス・クチュール組合創設
  • 1870年 普仏戦争(1871年まで)
        フランス、第3共和制成立(1940年まで)

参考文献は、

  • 「FASHION 18世紀から現代まで」ISBN978-4-88783-282-4
  • 「文化学園服飾博物館コレクション ヨーロピアン・モード」

です。

スタイルの年代区分は、「西洋服装史Ⅱ」に準じています。

クリノリン・スタイルについては、

も参考にしてください。

ヨーロッパのファッション・スタイルは、以下も参考にしてください。

 

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