クレア・マッカーデル

迂闊にもノーマークだったファッションデザイナー、クレア・マッカーデル。
彼女はどのように、アメリカンスタイルのシンボルになったのでしょうか?

 

クレア・マッカーデル

クレア・マッカーデル02デイ・ドレス クレア・マッカーデル 1949年ころ
「FASHION 18世紀から現代まで」より
ISBN978-4-88783-282-4

 

  • デイ・ドレス
    クレア・マッカーデル

    1949年ころ
    チェリー・レッドのウール・ジャージのワンピース・ドレス
    プリーツ加工
    ベルトは黒い皮革、金色のバックル

クレア・マッカーデル

  • 1905年 アメリカのメリーランドに生まれる
  • 1925年 ニューヨークの芸術工芸学校(現パーソンズ・デザイン学校)に進学
         在学中にパリに留学
  • 1928年 ニューヨークの芸術工芸学校卒業
  • 1931年 タウンリー・フロック社でアシスタントデザイナー
  • 1932年 タウンリー・フロック 社のデザイナー
  • 1938年 モナスティックドレス
  • 1939年 ニューヨークの世界博覧会で第一席に輝く
         ハッティ・カーネギー社へ転職
  • 1940年 タウンリー・フロック 社に復帰
         自分の名前を冠したブランド
         創作の自由を認められる
  • 1942年 「ハーパースバザー」誌から依頼を受けて「ポップオーバー」を発表
  • 1943年 ライフ誌の表紙にレオタード・デザインが掲載される
  • 1944年 結婚
         コティ賞受賞
  • 1952年 タウンリー・フロック社協同経営者
  • 1953年 ビバリーヒルズのフランク・パール・ギャラリーで20周年回顧展開催
  • 1955年 タイム誌の表紙に掲載される
  • 1956年 「なにを着るのか」出版
  • 1958年 死去

 

 アメリカン・スタイル

クレア・マッカーデル03デイ・ドレス クレア・マッカーデル 1940年代
「FASHION 18世紀から現代まで」より

 

  • デイ・ドレス
    クレア・マッカーデル

    1940年代
    綿サテンと綿ブロードの多色のストライプのワンピース・ドレス
    フレンチ・スリーブ、見返し続きの衿
    共布のベルト付き

1939年の第二次世界大戦で、パリ・モードは大打撃を受けました。

パリのファッション産業をベルリンやウィーンに移転しようと、ドイツ軍が画策しました。

それまでアメリカは、パリのオートクチュールに依存していました。

アメリカのファッションは、戦争によって独自の路線を歩むことになりました。

パリの影響力が低下したアメリカでは、ファッションデザイナーの想像力が発揮されました。

 

クレア・マッカーデルのアメリカン・スタイル

クレア・マッカーデル04デイ・ドレス クレア・マッカーデル 1940年代
「FASHION 18世紀から現代まで」より

 

  • デイ・ドレス
    クレア・マッカーデル

    1940年代
    黄、緑などのストライプの綿平織りのワンピース・ドレス
    身頃はバイアス・カット
    共布のベルト付き

クレア・マッカーデルは、

  1. アメリカ製の耐久性の高いコットン
  2. ウール・ジャージ

などの布に注目していました。

クレア・マッカーデルは、縫い代を折伏せ縫いして服の耐久性を高めました。

クレア・マッカーデルの服は、

  1. 価格が手頃
  2. 手入れがしやすい
  3. 着心地が良い
  4. 耐久性が高い

と評判になり、あらゆる地域の女性たちの人気を獲得しました。

第二次世界大戦時に女性が労働力として動員されたとき、クレア・マッカーデルの重要性と影響力はいっそう高まりました。

 

問題を解決すること

クレア・マッカーデル05ドレス クレア・マッカーデル 1946年
「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」より
ISBN978-4-7661-2374-6

 

  • ドレス
    クレア・マッカーデル

    1946年
    ドルマン・スリーブ
    ベルトは調整可能
    腰回りにシャーリング
    コットン地

クレア・マッカーデルは、デザイン工程を「問題解決の演習」と言っていました。

服として優れているのは、

  1. 機能性
  2. パフォーマンス

の要件を満たすものだと、語っていました。

クレア・マッカーデルは、美的で機能的かつ実用的な服を作りました。

クレア・マッカーデルは大量生産の技術を応用し、有用性とデザインを融合することで、既製服の可能性を追求しました。

 

レージャー着

クレア・マッカーデル06水着 クレア・マッカーデル 1946年
「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」より

 

  • 水着
    クレア・マッカーデル

    1946年
    構造を簡略化
    ドレープで美しさを演出
    サイドシームを上げて足を長く見せる

クレア・マッカーデルは、ゆったりとしたレジャー着とスポーツ着に力を入れました。

1937年クレア・マッカーデルは、

  1. 内側に張り骨がない
  2. 余分な構造がない
  3. パッドが使われていない

ゆったり体になじむ水着を発表しました。

また、調整可能で着まわしのできる、

  1. スカート
  2. ホルター・トップ
  3. レオタード
  4. ビーチコート

などのアイテムも作りました。

クレア・マッカーデルは自由な発想で、単純明快な構成の斬新なスポーツウェアを作りました。

 

セパレーツ

クレア・マッカーデル07アンサンブル クレア・マッカーデル 1952年
「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」より

 

  • アンサンブル
    クレア・マッカーデル

    1952年
    機能的で装飾的なパッチポケット

クレア・マッカーデルは1934年から、上下を分けて組み合わせる「セパレーツ」を提唱しました。

5つのセパレーツ・システムは、

  1. 荷造りしやすい
  2. 丈夫
  3. さまざまなスタイルが作れる着まわしができる

という特徴を持っていました

また1940年代よりクレア・マッカーデルは、
「過去に発表した代表作を復刻して販売するよう。」
に会社に働きかけました。

ファッション雑誌は、クレア・マッカーデルの服に「革命的」という形容詞をつけました。

ロード・アンド・テイラー百貨店がクレア・マッカーデルとアメリカン・スタイルを重点的に宣伝しました。

クレア・マッカーデルのデザイン哲学は、

  1. 実用的
  2. 着やすい
  3. エレガント

ということです。

クレア・マッカーデルは、現代のファッションデザイナーに強い影響を与え続けています。

 

クレア・マッカーデルについては、以下を参考にしてください。

アメリカのファッションデザイナーについては、以下を参考にしてください。