クリスチャン・ラクロワ

1980年代の後半から1990年代にかけて、クリスチャン・ラクロワは人気ファッションデザイナーのひとりでした。
クリスチャン・ラクロワの色使いには、一目置くものがありました。

 

クリスチャン・ラクロワ

クリスチャン・ラクロワ02クリスチャン・ラクロワ
「華麗なるオートクチュール」図録より

 

クリスチャン・ラクロワ

  • 1951年 フランス南部アルルに生まれる(5月16日)
  • 1973年 パリへ移り住む
  • 1978年 エルメスに勤める
  • 1980年 ギー・ポランのアシスタントになる
  • 1981年 ジャン・パトゥでオートクチュールの仕事を開始
  • 1987年 LVMH社からの経済的支援で自身のメゾンを設立
         7月にオートクチュールコレクションを発表
         金の指貫き賞(デ・ドール賞)を受賞
  • 1988年 プレタポルテコレクションを発表
  • 1989年 ジュエリー、バッグ、シューズのコレクションを発表
  • 1990年 初めての香水「セラヴィ」を発表
  • 1994年 ディフュージョン・ライン「バザール」を立ち上げる
  • 1996年 「ジーンズ・ド・クリスチャン ラクロワ」をスタート
  • 2002年 エミリオ・プッチのクリエイティブ・ディレクターに就任
         (-2005年)
  • 2005年 LVMH社がクリスチャン・ラクロワのメゾンを売却
  • 2009年 財政難により民事再生法が適用される

 

クリスチャン・ラクロワの役割

クリスチャン・ラクロワ03イブニング・ドレス クリスチャン・ラクロワ 1987年秋冬
「華麗なるオートクチュール」図録より

 

  • イブニング・ドレス
    「コロンバ」
    クリスチャン・ラクロワ

    1987年秋冬
    イタリア即興喜劇にインスピレーションを受けたドレス
    パフスリーブと上身頃は黒い絹ベルベット
    ヨーク部分は黒いベルベットのリボンで格子模様を施した
    たっぷりとギャザーを寄せたミニスカートは、
    黒いベルベットをストライプ状に付けた黒い絹タフタ
    黒い絹の二角帽(ビーコン)には、蝶々結びのリボンとサテンの薔薇をあしらっている
    クリスチャン・ラクロアのデビューコレクションから

1980年代、オートクチュールの存在が適切であるかどうかが問われていました。

クリスチャン・ラクロワはファッション界に対し、

  • 適切さ
  • 社会性

がすべてではないことを思い出させる役割を果たしました。

この暴力的で絶望的な時代、唯一の救いは誠意と情熱への完全な忠誠心にある。
オートクチュールは、わたしの情熱なのだ。

クリスチャン・ラクロワ

「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」P113より引用
ISBN978-4-7661-2374-6

クリスチャン・ラクロワは、機能的というよりも視覚的なクチュリエということができます。

 

クリスチャン・ラクロワとオートクチュール

クリスチャン・ラクロワ04クリスチャン・ラクロワ
「100 CONTEMPORARY FASHION DESIGNERS」より
ISBN978-3-8365-5724-5

 

  • クリスチャン・ラクロワ
    PHOTOGRAPHY : JENNIFER TZAR
    STYLING : PATTI WILSON
    MODEL : LILY COLE
    2004年2月

クリスチャン・ラクロワにとって、オートクチュールの傑作を作るということは、

  • 芸術性
  • 個性

を表現する能力の問題でした。

クリスチャン・ラクロワはオートクチュールに、手工芸ならではの、

  • 質の高さ
  • 無限のバリエーションを生み出す可能性

に魅了されていました。

 

ファンタジー性

クリスチャン・ラクロワ05クリスチャン・ラクロワ
「100 CONTEMPORARY FASHION DESIGNERS」より

 

「華麗なるオートクチュール」図録は、クリスチャン・ラクロワのファンタジー性を指摘しています。

ラクロワの作るファンタジーの混じった世界は、・・・・

「華麗なるオートクチュール」図録p105より引用

私は、クリスチャン・ラクロワには興味がありませんでした。

きっと私は、クリスチャン・ラクロワのファンタジー性が嫌いだったのです。

私は、ファンタジーが嫌いです。

リアリティがないと、いやなのです。

文化服装学院の同級生に、クリスチャン・ラクロワのファンの子がいました。

その同級生は、とてもデザイン画が上手でした。

私のようにヨウジヤマモトのファンの学生は、デザイン画が下手な人が多かったです。

 

クリスチャン・ラクロワ独立の話

クリスチャン・ラクロワ06 ルネ・グリュオークリスチャン・ラクロワ
「100 years of Fashion Illustration」より
ISBN978-1-85669-462-9

 

「堕落する高級ブランド」という、本があります。

この本の中に、クリスチャン・ラクロワ独立の経緯が書いてあります。

以下に、引用します。

その目標のためにアルノーが動き始めたのは1968年だった。
ひそかにクリスチャン・ラクロワに会い、クチュールの老舗、ジャン・パトゥのデザイナーとして批判を浴びていた彼に、事前予告なしにパトゥを辞め、数名のアシスタントとともに「クリスチャン・ラクロワ」の名前で新しいメゾンを開くようにと説得した。
ラクロワが抜けてパトゥの経営はたがが外れた。

(中略)

もっとも、アルノーとラクロワの破廉恥なこの取引は、長期にわたって両者に祟った。
フランスの裁判所はラクロワに対し、パトゥに与えた損害賠償として200万ドルを支払うように命じた。
クリスチャン・ラクロワのブランドは、デザインについては高い評価を得ていたにもかかわらず、アルノーが2005年にマイアミに本拠を置くファリック・グループに売却するまで、一度も黒字に転ずることがなかった。

「堕落する高級ブランド」p50より引用

  • 堕落する高級ブランド
    著者 :ダナ・トーマス
    訳者 :実川元子
    発行所:株式会社講談社
    ISBN978-4-06-214692-0

 

まとめ

クリスチャン・ラクロワ07クリスチャン・ラクロワ
「100 years of Fashion Illustration」より

 

  • クリスチャン・ラクロワ
    Jean-Philippe Delhomme
    ” Madame Figaro “
    2003年

クリスチャン・ラクロワは、才能があるファッションデザイナーです。

才能があるだけに、クリスチャン・ラクロワは実に多くの教訓を教えてくれました。

ファッションデザイナーは、ファッションや服に対する考え方がとても大事です。

それから、破廉恥な取引は身を滅ぼします。

肝に銘じたいと思います。

 

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