19世紀に流行したカシミア・ショール

19世紀のファッション・スタイルを見ると、たびたびカシミア・ショールが出てきます。
カシミア・ショールは、どのように流行ったのでしょうか?

 

カシミア・ショール、フランスに渡る

カシミア・ショール02カシミア・ショール 19世紀初め
「文化学園服飾博物館コレクション ヨーロピアン・モード」より

 

  • カシミア・ショール
    19世紀初め

インド・カシミール地方原産のカシミア・ショールは、いつ、どのようにフランスに渡ったのでしょうか?

1799年、ナポレオンはエジプトに遠征しました。

カシミア・ショールは、エジプト遠征土産としてフランスに持ち帰られました。

カシミア・ショールは、

  • 多彩な色
  • 独特な模様

が特徴です。

カシミア・ショールは最初、シューミーズ・ドレスの装飾品として大いに流行しました。

 

防寒対策として

エンパイア・スタイル07 カシミヤショールカシミア・ショール 19世紀初め
「文化学園服飾博物館コレクション ヨーロピアン・モード」より

 

  • カシミア・ショール
    19世紀初め
    オリジナルは綴織(つづれおり)
    より安価な縫取織(ぬいとりおり)によるものが流行

エンパイア・スタイルでは、

  • モスリン
  • ペルカル
  • ゴース

など透けるほどに薄い木綿素材が使われていました。

しかしこれらの素材はヨーロッパの冬には寒すぎ、肺炎で亡くなった人もいました。

装飾と防寒を兼ねた、

  • カシミア・ショール
  • イギリス風スペンサー
  • ルダンゴト

などテイラード仕立ての上着が流行しました。

 

カシミア・ショールの特徴

クリノリン・スタイル08 カシミア・ショールカシミア・ショール 1850-60年代
「FASHION 18世紀から現代まで」より

 

  • カシミア・ショール
    1850-60年代

    多色のペイズリー柄のカシミア・ショール
    長方形、両端にフリンジ付き
    パリのショール製造者、フレデリック・エペール作
    165cm×386.5cm

カシミア・ショールは、インド北西部のカシミール地方の山羊の短く柔らかい毛を手で紡いだ高級品です。

薄地で柔らかい光沢に、女性たちはとりこになりました。

19世紀初頭にはカシミア・ショールはとても高価で、遺産目録や結納品目にも加えられていました。

カシミア・ショールの特徴をまとめると、

  1. 多彩な色
  2. 独特な模様
  3. 薄地
  4. 柔らかい光沢
  5. 高級品

ということになります。

 

高級品のリヨン、安価なペイズリー

カシミア・ショール03カシミア・ショール 1860年ころ
「文化学園服飾博物館コレクション ヨーロピアン・モード」より

 

  • カシミア・ショール
    1860年ころ
    ジャガード機によって織られた

カシミア・ショールは、1830年代以降に一般に広まりました。

そして1840年代には、

  • フランスのリヨンで高級品
  • イギリスのペイズリーで安価なプリント製の模造品を大量生産

一大産業が、成立しました。

後に英語では「ペイズリー」がカシミア模様の代名詞になるほど、模造品が出回りました。

第二帝政時代(ナポレオン3世時代)には、クリノリンを覆う大型ショールが熱狂的な支持を得ました。

クリノリンが巨大になり、コートに代わって大判のカシミア・ショールが着装されました。

 

カシミア・ショール産業の衰退

カシミア・ショール04ヴィジット 1870年代末
「FASHION 18世紀から現代まで」より

 

  • ヴィジット
    1870年代末
    インドのカシミール産の多色の織物
    衿、打ち合わせ、袖、裾に絹糸のフリンジ

バッスル・スタイルへの移行と共に、コートの一種であるヴィジットが登場しました。

カシミア・ショールは、ヴィジットや室内着の素材となりました。

やがてカシミア・ショールは室内装飾用となり、廃れました。

そしてついには、カシミヤ・ショール産業自体も衰退してしまいました。

参考文献は、

  • 「FASHION 18世紀から現代まで」
    ISBN978-4-88783-282-4
  • 「文化学園服飾博物館コレクション ヨーロピアン・モード」

です。

 

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