アンドレ・クレージュ

1985年ころ、クレージュのスタイリストバッグが流行りました。
黒くて大きいバッグに、クレージュのロゴマークが付いていました。

 

アンドレ・クレージュ

アンドレ・クレージュ02スーツ クレージュ 1968年春夏
「courreges」より
ISBN0-500-01895-2

 

  • パステルと白のタータン ウールギャバジンのスーツ
    クレージュ

    1968年春夏コレクション
    Photo:Harry Peccinotti(1968年2月29日)

アンドレ・クレージュ(Andre Courreges)

  • 1923年 フランスの南西部のポーに生まれる(3月9日)
  • 1945年 土木工学を学んだのちファッションの道に進むことを決意
         ジャンヌ・ラフォリのもとで働くためパリに移る
  • 1950年 クリストバル・バレンシアガのメゾンに入る
  • 1961年 クレベール通り48番のメゾンをオープン
  • 1963年 あらゆる場ではけるパンツのコンセプトを発表
  • 1964年 春夏コレクションが宇宙時代コレクションとして有名になる
  • 1965年 春夏のコレクションで「ミニ・スタイル」を発表
        一時閉店
  • 1967年 再開
         既製服ブランド「クチュール・フチュール」を立ち上げる
  • 1972年 ミュンヘン・オリンピックのスッタフ向けの服をデザイン
  • 1995年 引退
  • 2016年 死去(1月7日)

 

アンドレ・クレージュのパンツ・スタイル

アンドレ・クレージュ03パンツ・スーツ クレージュ 1965年春夏
「courreges」より

 

  • パンツ・スーツ
    クレージュ
    1965年春夏コレクション
    白い綿サテンと紺のグログランテープ
    Photo:Willy Rizzo.Marie Claire(1965年3月1日) 

アンドレ・クレージュは1963年、パンツ・スタイルのイブニングを発表しました。

アンドレ・クレージュは、女性がより活発で自立した存在になると確信していました。

アンドレ・クレージュは、あらゆる場ではけるパンツを推奨しました。

アンドレ・クレージュは、

パンツは、現代生活を快適にする実用的なアイテムだ。
美しく裁断すれば、女性の体をきれいに見せられ、あらゆる点で、ほかの服と同じくらい女らしくできる。

「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」p128より引用
ISBN978-4-7661-2374-6

と語っています。

 

アンドレ・クレージュのミニ・スタイル

アンドレ・クレージュ04ウールサテンのドレスとジャケット クレージュ 1965年春夏
「courreges」より

 

  • ウールサテンのドレスとジャケット
    クレージュ
    1965年春夏コレクション
    Photo:Willy Rizzo.Marie Claire(1965年3月1日) 

1920年代以降、女性服は脚を見せるようになりました。

ミニ・スタイルは、ロンドンのマリー・クワントによって脚光を浴びました。

1965年にアンドレ・クレージュは、「ミニ・スタイル」をオートクチュールで発表しました。

ミニ・スタイルは、ロンドンのストリート・ファッションから生まれました。

そしてアンドレ・クレージュは、ミニ・スタイルをオートクチュールで通用する洗練されたドレスに昇華させました。

ミニ・スタイルはオートクチュールという権威を背景に、20世紀の服として社会に認可されました。

 

アンドレ・クレージュのAライン 

アンドレ・クレージュ06ドレスとジャケット クレージュ 1965年春夏
「courreges」より

 

  • ドレスとジャケット
    クレージュ
    1965年春夏コレクション

    無地(ウールギャバジン)とストライプ(ウールサテン)
    Photo:Willy Rizzo.Marie Claire(1965年3月1日) 

アンドレ・クレージュが考えたミニ・スタイルは、ほとんどがAラインでした。

ウエストは、ハイウエストまたはローウエストでルーズなウエストラインでした。

この時代の装苑賞の応募作品は、アンドレ・クレージュの影響を強く受けていました。

以下に、装苑賞受賞作品を紹介します。

  • 1967年 やまもと寛斎(Aライン・ミニ・スタイル)
  • 1968年 熊谷登喜夫(ショートパンツ・スタイル)
  • 1969年 山本耀司(Aライン・ミニ・スタイル)
  • 1969年 田中三郎(Aライン・ミニ・スタイル)

この時代のアンドレ・クレージュは、本当にすごい影響力を持っていました。

 

アンドレ・クレージュの未来主義

アンドレ・クレージュ07ヘヴィーリブのコート クレージュ 1969年
「courreges」より

 

  • ヘヴィーリブのコート
    クレージュ

    1969年
    Peter Knapp

アンドレ・クレージュの服には、新しさがありました。

正確なカッティングと細心の仕立てで、新しいデザインの服を作りました。

アンドレ・クレージュは、過去を捨て未来とテクノロジーの可能性を取り入れました。

未来的な服の観念は、

  1. 機能
  2. 使いやすさ

を中心に据えていることです。

このことを理解して、アンドレ・クレージュは商品デザイナーとしてファッションに取り組みました。

 

まとめ

アンドレ・クレージュ08パンツ・スーツ クレージュ 1965年ころ
「華麗なるオートクチュール展」図録より

 

  • パンツスーツ
    クレージュ

    1965年ころ
    短めのチュニックと少しフレアーをあしらったパンツは、赤みのあるオレンジ色のウールのダブルニット地
    縫い目を縁取りで処理

    両脇には飾りのパッチポケット

アンドレ・クレージュは、服への視点を純粋な芸術から機能性や着やすさへと変えたファッションデザイナーの先駆けでした。

最後に、アンドレ・クレージュの言葉を紹介しましょう。

どんな体型の女性にも興味はわかない。
しかし、特定のライフスタイルをとる女性には関心がある。 
活発で、てきぱき動き、仕事を持っている女性だ。
たいていは若くて、モダンで、知的な服が似合う。
わたしの服を買うとき、人は生き方と哲学を買うのだ。

「もっとも影響力を持つ50人のファッションデザイナー」p129より引用

 

アンドレ・クレージュについては、以下も参考にしてください。